日本橋濱町Weblog(日々酔亭)

Quality Economic Analyses Produces Winning Markets

相田 洋・大墻 敦著『新・電子立国[第3巻]世界を変えた実用ソフト』:表計算、ワープロはその黎明期からお世話になったデジタル時代の神器

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新・電子立国、やっと第3巻を読了した。この古い本を今なぜ読んでいるのか、そもそもの問題意識はこちら。

mnoguti.hatenablog.com

第1巻についての感想はこちら。

mnoguti.hatenablog.com

第2巻はこちら。

mnoguti.hatenablog.com

第1巻がパソコン産業の勃興、第2巻が民生用機器へのマイコンの採用、コンピュータ化の話だった。今回読了した第3巻は、パソコンを普及させたアプリケーション・ソフトウェアの話だ。実用ソフト(ここでは表計算ワープロ)がいかに普及していったかが描かれる。

内容は、大きく3つに分かれる。最初が米国での表計算ソフトを中心にコンピュータが普及する上でアプリケーションソフトが果たした役割を追っていく。そこではビジカルク、ロータス123など懐かしい表計算ソフトがいかに激しい競争を繰り広げたかが描かれる。後半では、日本国内の例として、日本語変換の実現、その先にあるワープロソフトの開発が取り上げられる。ATOK開発物語といった感じだが、日本でパソコンが普及するために日本語変換機能がいかに重要だったかが分かる。米国では表計算、日本では日本語変換機能と潜在需要を顕在化させるためのポイントはTPOによって変わる。最後にパチンコ産業における表計算ソフトとの関係が説明される。パチンコ産業は第4巻に入れるべきところ紙幅の都合で第3巻になっているので異色の内容だ。

以上、第3巻は現在のホワイトカラーが仕事をする上で必須の道具、表計算ワープロの開発、普及物語だ。現在ではそこにプレゼンソフト(例えば、パワーポイント)が加わる。

目次は以下の通り。

  • 第1章 晴れたり曇ったりの表計算ソフト開発
  • 実用ソフトがハードウェアの売れ行きを左右する
  • 表計算ソフトとは何か
  • 神経質な”ソフト成り金の青年”
  • 表計算のアイディアは、授業中の白日夢から
  • 深まるばかりの、黄色い紙の謎
  • 森羅万象を「状態の変化」としてとらえる
  • 先輩から勧められた開発方針
  • 真夜中の屋根裏部屋での表計算ソフト開発
  • 宿題の論文は「ビジカルク」で「最優秀」
  • 発売と同時に、ものすごい売れ行き
  • 表計算ソフトが急速に普及した背景
  • 表計算ソフトがパソコンの売れ行きを左右した
  • ソフトをつくり変える必要性に切迫感が欠けていた
  • 「版元」との熾烈な訴訟沙汰がすべてを失わせた
  • ディファクト・スタンダードを予測する至難の業
  • 善かれ悪しかれ開発ソフトは今も生きている
  • 第2章 渡り鳥暮らしで才能を発揮した実用ソフトの天才
  • オープン・アーキテクチャーの先例を熟知していた天才たち
  • 天才プログラマーが描く近未来の夢
  • ハンガリーの夜を揺るがす”孤独なコンピューター”
  • アメリカが買いに来たソ連製コンピューター用ソフトウェア
  • デンマークからアメリカへ渡った”驚くべき秀才”
  • バークレーからパロアルトへ、そして・・・
  • ビル・ゲイツの申入れを受けてマイクロソフト社へ
  • GUIを取り入れたアプリケーションの開発
  • 第三の表計算ソフト登場に頓挫したビル・ゲイツの思惑
  • ビル・ゲイツにして、考えつかなかったのか? 
  • 第3章 市場を制覇した「第三の」表計算ソフト
  • 無視されていたライバル会社のソフトウェア
  • 自己開発の表計算ソフトを自由に使う権利
  • 生き方も考え方も変幻自在の辣腕企業家
  • 自家用ジェット機を愛用し、アロハシャツを蒐集するインタビュー嫌い
  • 目標は、「ビジカルク」を超える表計算ソフトウェア
  • 「アップルⅡ」は趣味人間のオモチャだった?
  • 低レベルのプログラミング言語を使って難行苦行した理由
  • IBMの拒絶が結果的に独立を守ってくれた
  • 興奮状態をもたらした見本市での大成功
  • 偶然のなせるワザと意図的配慮の結果
  • 燎原の火のごとき普及を実現させたのは三〇〇万ドルの宣伝費
  • ”アプロケーションの雄”と称される会社も居心地は良くなかた
  • 第4章 日本語ワープロソフトの最大手企業は、「婦」唱「夫」随で生まれた
  • 文字を表す「0」と「1」のディジタル信号
  • 人間の意図どおりに文章を組み立ててくれる”道具”
  • 徳島市郊外の住宅地ある日本語ワープロの最大手企業
  • アマチュア無線クラブで出会った女子学生
  • 停電しているときに、どうやってガスタービンを始動させるか
  • 両親が承服しても、祖母は強硬に「反対ッ」
  • 専業主婦からシステムエンジニアへの変身
  • 祖母の誘いに、まずは孫のご主人が応じた
  • 小さな部屋での大きな夢の旗揚げ
  • 帳票類を見たこともなくてオフコンを売り歩いた
  • 専務の勘違いでもらえた最初の注文
  • 二号機の受注は、姑さんの俳句がきっかけ
  • 社長は営業、夫人はプログラム書きのオフィスは十四坪
  • 漢字を表す「JISコード」は十六進法の”数字と英字記号”
  • 苦肉の策も、パソコンの登場で不要に
  • 英語が全部、日本語になるのは「おもしろいな」
  • 「OSに漢字変換機能を付加」で東京の会社から受注
  • 少年のようにパソコンに熱中した”助手”役の社長
  • 第5章 渾身と熱涙のワープロソフト開発
  • 開発目標は”パソコン用の日本語変換ソフトウェア”
  • ”コンピューター熱”にとりつかれた二十歳の青年
  • 単漢字変換から単語レベルの変換への進展
  • 「酪農システム」が「ヒカリ」を東京に呼び寄せた
  • ビジネスショーの楽屋裏から新発売の機種に搭載へ
  • 「この世に全然ないところ」からのスタート
  • 阿波踊りは、目で見ても見えず、耳で聞いても聞こえず・・・
  • ポロポロ泣いて乾杯した納品の夜
  • ”複合連文節の変換”を目指す
  • 製品開発に役立つ構文分析と、学者の研究とはまったく違う
  • 「太郎よ、日本一になれ」という気持ちを込めて
  • フロント・エンド・プロセッサーは、ワープロ開発の革命
  • 期待を一身に担った息子の”裏切り”
  • 「こりゃ、出来した」が「なんやら妙なところへ」に豹変
  • 人生のホームランを打って「やっぱりええ息子じゃなあ」
  • 「私たちの子どもは、会社と社員と製品」
  • 市場の覇権を賭けた激しい競争
  • 第6章 パチンコホールに生きる表計算の思想
  • パチンコ台の「偏差値」をはじき出すコンピューター
  • 「大当たり」の確率はプログラムでコントロール
  • ”故障”したように玉が出るパチンコ機
  • 不渡手形の束からの再出発
  • 名古屋生まれの「パチンコ産業の父」
  • 表計算ソフトと「正村大福帳」が融合

話は表計算から始まる。当時、大型コンピュータ上で実現されていた機能をPCで動くようにしてしまった。学生の着想を実現するまでの紆余曲折が描かれる。そこでは人間関係の大切さ、協働してくれる仲間、その周りでアドバイス等してくれる関係者の存在が浮かび上がる。

スタートアップの成功の多くは、2人の役割分担からなっている・・・営業(マーケティング)と開発だ。これは多くのスタートアップで当てはまる。Appleの2人のスティーブ、マイクロソフトゲイツとアレン、ビジカルクのブルックリンとフランクフストン、ロータスのケイパーとサックス、ジャストシステムの浮川夫妻となる。

アプリケーションソフトをヒット商品にするためには仲間の他に理解者が必要だった。相談相手も大切な仲間だ。そしてそれは出資者につながる。後発のマイクロソフトロータスの成功はタイミングが大切だったことが分かる。ビジカルクの普及での認知向上、IBM PCの発売での巨大市場の出現など。

本書を読んで分かるのは、ハードとソフトの関係で独占する(囲い込む)ことの弊害の大きさだ。オープンであること、自由であることの重要性・・・競争というより、いろいろな人が自分の考えを実現するために自由に試行錯誤できる環境の大切さが描かれているように読める。何か新しいものが生み出されるとき、どのような形であれそこに参加できるメンバーを限定することは開発にとっては少なくともプラスには働かない。

The story of the spreadsheet and word processor that transformed the way white-collar workers did their jobs

ホワイトカラーの仕事の仕方を一変させた表計算ワープロの物語

ジャストシステムATOKの開発は、顧客の要望から日本語変換の潜在的な需要を感じ取り、そこを掘り起こすための努力がいかに大変であったかが描かれている。小さいながらも会社として目標に向かってキーパーソンを中心に一丸となった働きが可能にした成功だった。プログラミングの失敗から経営の失敗まで大小さまざまな失敗も多々経験しているがそれでも前に進んだことが成功をもたらした。諦めちゃあいけない。失敗を振り返り、改善し、前に進むことで成功に近づく・・・このプロセスが大切なんだと改めて気づかせてくれる。そしてこのプロセスを回すためには目標が大切だということにも気づく*1

当時、日本語変換システムを構築するのに、アカデミアでの日本語処理の研究も当然参考にしたが、多くは研究のための研究であって商品化には役立たなかったという。現在はこの点についてはだいぶ軌道修正が行われて産学連携も多々行われるようになってきているように思うが現状で十分と言えるであろうか。

実はこの巻は3回読んでいる。読み終えてからブログの記事をすぐに書かなかったために内容を忘れてしまい読み直しになり、それを2度も繰り返したのだった。

3回読んで一番頭に残るのは、ここでは実用ソフトの話だったが、ビジネスの成功は、誰にでも可能性はあるが、それを実現するには仲間と人間関係と不断の努力次第ということだ。

続いて第4巻。

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*1:こうやって書くのは簡単だが、一組織の人間としてこれを貫くのはかなり大変だと思う。上はすぐに結果を求めるし、周りからはネガティブなことを言われがちだし、他の仕事で時間はとられるしでやめる理由はいくらでもあるから。だから好きなことじゃないとできないのだな。

生島淳著『箱根駅伝 ナイン・ストーリーズ』:たかが箱根、されど箱根・・・往復10区200キロに隠された多彩なドラマ

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今では正月2日、3日のTV番組といえば、たいがいの人は箱根駅伝を思い浮かべるのではなかろうか。その箱根駅伝がTV中継されるようになったのは、1987年からだそうだ。箱根駅伝の歴史からすると意外と最近のこと。

www.hakone-ekiden.jp

自分の故郷は大磯だ。就職する前まで住んでいた。大磯は駅伝区間だと往路4区(復路は7区)にあたる平塚中継所から小田原中継所の間になる。幼少の頃は親に連れられ、小学生になってからは友達と、箱根駅伝がどういう競技かもよく分からずに、沿道でその走りを応援の小旗を振りながら見たものだった。その頃、TV中継がされる前だった箱根駅伝は今ほど沿道の応援はなかったと思う。

Nine dramas make you think about many things.

9つのドラマがいろいろなことを考えさせる

TV中継されるようになっていろいろなところが大きく変わった。今では沿道の応援が切れることはない。多いところでは人垣が十重二十重に重なる。その中で数々のドラマが生まれる。そしてドラマはコース上だけではなく、その裏側でもさまざまな人間模様が繰り広げられる。この「箱根駅伝ナインストーリーズ」は、伝統校から新興校までいろいろな大学のその時の選手や監督、主務、マネージャーの物語なのだ。そしてそれはTV中継されるようになり大きく変わった箱根駅伝がどういうものかを教えてくれる。

選ばれたナインストーリーズは以下の通り。名前が出ているものもあるし、名前はなくても誰が主役かはおおよそ分かる。一方、裏方(という言い方がいいかはあるが)の話もある。選手、指導者を中心に箱根駅伝の主役が9つの物語にまとめられている。

  • 今井、柏原、神野が、山の神になったとき
  • 青山学院の初優勝を支えて
  • 原監督が、名門・駒澤を抜いた
  • 横に曲がった人がいる
  • 瀬古のラストスパートには狂気がある
  • 明治は静かに変わっていった
  • 早稲田と山梨学院にはドラマがある
  • 中央は伝統に苦しみながら
  • 酒井監督が、東洋に帰るまで
  • あとがき

1つ1つの物語は簡潔にまとめられ、読みやすく、当時の状況がよく伝わってくる。この中でもやはり今年の箱根駅伝の圧勝の記憶が新しい青山学院に関する物語、3つ目の「原監督が、名門・駒澤を抜いた」は興味深く読んだ。実はこの部分は、今年の駅伝の後、ネット上に記事として抜粋してあったものだ。

number.bunshun.jp

この本を購入したのもそれを読んで、さらに全体を知りたいと思ったからだった。読んでみて自分なりにいろいろなことを感じたし考えた。以下、箇条書きに書いてみると・・・

  • 山の神、走りの強さは人それぞれ
  • 表があれば裏もある。自分の役割をどう考えるか
  • 生活力、チーム力、競技力・・・大切なのは何といっても生活力
  • 成績を残すのは大切なこと。残すためには何が必要か考えなければならないし、諦めないことも大切
  • 成功の秘訣はやり続けること(自分の立ち位置、役割を踏まえて)
  • 人の長所を伸ばす考え方、使い方(性格を把握することが大切)
  • 信じるものは力をつけるが、どんなに努力しても神が微笑まないこともある
  • 組織の強さはトップのあり方で決まる。学生がそうであるように企業もそうであろう
  • 決断は考え抜いた上で自分に従え
  • 勝者にはそれだけのドラマがある

最初9つだったが一つ加えて10個になった。必ずしも一つ一つが対応しているわけではないし、読む人によってその感じ方はさまざまだろうと思う。読み方によって箱根駅伝の、団体スポーツのいろいろな側面を見せてくれる9つの物語だ。

ランナーはもちろん、そうでない人も読んで面白いと思う。少なくとも箱根駅伝を沿道やTVで観戦する人はこの9つの物語を読むことでさらに箱根駅伝に引き込まれるだろう・・・と思う。

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ジェームズ・W・ヤング著『アイデアのつくり方』:読めば分かるが、実践するのは難しい

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この本を知ったのはとある大学の先生がつぶやいていたのを見かけたことがきっかけだった。何しろ薄かったので簡単に読めそうだったのが良かった。実際に簡単に読めたかというとどうだろうか。

60 pages of text, less than 90 pages thin including commentary

本文60ページ、解説含めても90ページ弱の薄さ

本文60ページは読むだけなら60分かからないで読み終えてしまうだろう。しかし、この本はサッと読むのではなく、じっくり考えながら噛み締めながら読みたい内容だ。書いてあることは、社会人なら多くの人が経験していることで新しい発想を得て、それをものにするための方法論をアイデアをキーワードに著者の経験に基づいてまとめてあるものだ。だから「あぁ、そういうの他の本でも読んだ」とか、「すでに知っていることだな」で終わってしまうこともできる。でもそれではもったいないのがこの本だ。それはこの薄さにある。

本文60ページだが、内容は厚い。短い文章で書いてあることは考えることの大切さを気づかせてくれるものだ。だからじっくり考えながら読みたい。そういう本だと思う。内容は以下の通りだ。自分の場合、竹内均氏による解説を読んだ方がすんなり頭に入ってきたりした。

  • 序ーウィリアム・バーンバック
  • 日本の読者のみなさんに
  • まえがき
  • この考察をはじめたいきさつ
  • 経験による公式
  • パレートの学説
  • 心を訓練すること
  • 既存の要素を組み合わせること
  • イデアは新しい組み合わせである
  • 心の消化過程
  • つねにそれを考えているきおと
  • 最後の段階
  • 二、三の追記
  • 解説ー竹内均
  • 訳者あとがき

解説を読んでから再度本文を読み返し、自分の思考過程は今までどうだったのかを振り返ってみるのがいいのではないかろうか。おそらく多くの人は知っている内容だろうが、実践できていたかというと、全てをこなせていないのではないか。5つの過程*1が示されているが、特に真ん中から後ろ・・・考えを無意識の中で熟成させる過程については気づいていない人が結構いるのではないかと思う。煮詰まってどうしようもなくなった後に新しい発想はふと訪れることがある・・・というあの過程だ。そしてそれを実際に使いこなすには実際に合わせて調整する必要があることが最後の過程として指摘されている。

新しいアイデアを得るためには、日頃の情報収集と整理、その理解の後が大切だということをこの本は改めて気づかせてくれる。この過程をわかって日頃の情報収集や整理を行うのとこの過程を意識せず行うのとでは結果は全く違うものになる可能性が高い。

考えに行き詰まったときにぱらぱらっとめくって読み返し、自分を冷静にするために本書は常に机の片隅に置いておきたい1冊だと思う。

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*1:5つの過程は、以下の通り。竹内均氏の解説での言い方であげておく。括弧内は本文での言い方。

  • データを集め(資料集め)
  • データを咀嚼し(資料に手を加える)
  • データを組み合わせ(孵化段階)
  • ユーレカの瞬間(アイデアの実際上の誕生)
  • イデアのチェック(具体化し、展開させる段階)

松本清張著『小説 帝銀事件』:「NHKスペシャル未解決事件File.09 松本清張と帝銀事件」を見て読んでみた

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小説帝銀事件を読むきっかけはこの2本のNHKスペシャルだった。第1部は松本清張の小説帝銀事件が描かれるプロセスを再現したものだ。そこでは清張やその他の関係者が違う犯人の可能性に気づき、肉薄するもそこまで辿り着けなかった模様が描かれている。

www.nhk-ondemand.jp

第2部はその後、歴史に埋もれていた新しい証拠が発掘され、それにより何が明らかになったかが語られ、事件の真相に迫っている。

www.nhk-ondemand.jp

新しい証拠などをみると、真の犯人が誰かは分からないが、少なくとも平沢氏が犯人であると断定できないということになるだろう。第1部のドラマの中では、冤罪を生み出す構造、時の権力者(この場合はGHQ)、マスコミ、世論に対してその罪の深さを指摘する。あの事件で、清張は、権力者(情報の出所)の主観がマスメディア(現代だとSNS)の主観となり、それが読者の主観となり、最後に「世論」の主観となり、犯人を生み出していく状況、ステークホルダー各々の責任の重さを指摘する。そしてドラマの中で清張は結論を書ききれなかったとして終わっている。

それを見た時、原作を読んでみたいと思い、今回、初めて読んでみた。確かに書ききれてなかった。「しかし、とに角、個人的なおれの力ではどうにもならない」という忸怩たる思いの吐露が最後に描かれている。

The writing style was old and hard to read.

文体が古く、読むのが大変だった

Nスペを第1部と第2部をみてしまった後でその著書を読むというのは何とも妙な感じだった。結論はその後分かったことも踏まえて理解しているわけだから、今更、何に注目して読むか?という自分にどう納得させるかがまず最初の障壁だった。それでも読んでいくわけだが、結局はあの時点で著者松本清張は何を書きたかったか?ということを確認するために読むということで自分を納得させた。

いろいろなことが書いてあるけど、注目するのは1点か2点だろう。そうと考えると、やはり冤罪が起こるプロセスと戦後の闇(GHQの思惑とそれに引きづられる国家とジャーナリズム)に注目して読むことに自然となる。

構成は

  • 第1部 犯行と犯人捜査を中心とした記述
  • 第2部 検察の見方(陳述)を紹介
  • 第3部 弁護側の見方の紹介と論説委員仁科(清張)の見方

となっている。

で、どうだったかというと、第1部での最初の逮捕シーンは騙し討ちのような対応だったし、面通しを複数回やるとその度に似ているところを探すようになるので、徐々に似ているように思い込むようになるよな(ある種の洗脳)とか、第2部の検察の見立てでは、容疑者はコルサコフ症状という病気でそもそもその自白が信用できないし、他人の記憶も信用できないということでこんな適当な情報の中でもある状況の中では犯人になってしまうという恐ろしさを考えてしまう。第3部では弁護側の見立てや仁科の見方が出てきて、最後に軍関係の線が一気に語られているが、それも容疑者を絞り込むまでは書けていない。それで最後の「しかし、とに角、個人的なおれの力ではどうにもならない」という言葉で終わりを迎える。今更ながら物的証拠の大切さがよく理解できる。

この小説は、「小説」だが、限りなくノンフィクションに近い内容だろう。それが最後のところで判決は出ているものの犯人が分からなくなっているという非常に中途半端な終わり方になっている。番組でも描かれている通り、社会派の推理小説家としての松本清張にとって、それが後の日本の黒い霧や昭和史発掘へのスタートラインと位置付けられている。だから読後感のいい小説ではない。

追記:帝銀事件については、真犯人を挙げられなかったのは当時の状況で致し方ないかもしれないが、平沢氏を裁判にかける必要はなかったのではないか。現状で新たに分かった事実を踏まえて再審するという道はないのだろうかというのは強く思うところ。

追記の追記:日本社会が平沢氏の再審を認めないということは、この社会にはいまだに戦後すぐのあの頃の心性が残っていることになりはしないか。もしそうならば同じようなことがまた繰り返される可能性を否定できないことになる。

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ウォルター・アイザックソン著『イーロン・マスク(上)』:奇跡は起こるべくして起こる

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購入したのは出版と同時の昨年の8月、それから読み始め途中中断があり、最初から読み直し、やっと読み終わった。上巻だけで450ページ以上ある。それほど濃い人生を送っているということだろうが、そこここで唸りながら読ませてもらった。

An unusual and unpredictable human being ... Elon Musk.

普通じゃない、突拍子もない人間・・・イーロン・マスク

巷の評では、Apple創業者のステーブ・ジョブズと比較されることが多い。自分もジョブズの伝記を読んでいたので、気づくとそれを思い出しながら、比較しながら読み進めていた。マスクとジョブズ、似ている点とそもそもが違う点とある。

似ている点としては、考えに考え抜いて自分の考えを押し通すところや無理なことを平気でいうところ、そして部下に対する評価がはっきりしているところだ。違う点は、ビジネスを考えるそもそもの視点だ。ジョブズはあくまでもPCがその出発点。技術(PC)と芸術(人間)の交点で新しいビジネスを考えていた。マスクは、その出発点が環境問題や人類の将来という社会的課題になっている。電気自動車、ロケットのどちらもそこから出ている。その派生がスターリンクやボーリングになる。

さらにマスクの特徴として新しい分野に取り組む時は、自分自身で基礎から応用まで全て理解するところだろう。第36章に「マスクがジョブズと違うのは、製品のデザインに加え、それを支える科学や工学、生産にまで強迫的な接し方をする点だ」と書いてある通りだ。その上で、リスクやコストを最小化し、残されたリスクを自分たちで負えるレベルにあるかをシビアに判断する。その際、既存の業界慣習や規制がビジネスを妨げるものと判断されるならば躊躇なく除去しようとする。リスクは乗り越えるものとして位置付けられる。決して一か八かの世界ではないのがマスクのビジネスだ。だから奇跡は起こるべくして起こる。まぐれではないということになる。

マスクは目的に向かってまっすぐシンプルにビジネスを考える。その際、ビジネスの障壁になる世の中の規範や規制などは考慮しない。その結果、自動車産業や宇宙産業のリストラ、リエンジニアリングになる。ジョブズの立ち位置は、PCの黎明期からその先頭を走ってきたことから、新しいものを作るので業界そのものや業界秩序を自分で構築するところが事業成功のポイントになった。iTunesの時が典型的だ。

上巻だけで51章に上る構成だ。これをビジネスを中心に分けてみたのが以下の並べ替えだ。以下、順番に見ていく(結果的に意味ある分類にはならなかった・・・ようだ)。

  • 南アフリカ時代
  • マスクの人となり
  • イノベーターへの道
  • イノベーター①:火星(宇宙事業)への挑戦
  • イノベーター②:環境問題(電気自動車)への取組み

マスクのビジネスのやり方の根っこにあるのは南アフリカでの経験が大きく影響していると読める。ベルドスクールや学校での経験、父親との関係など様々な苦しさが彼の根っこにはある。行動しないとやられる、自分が動かないと何も実現できない、実現するためには耐えなければいけない・・・そんな幼少期から思春期を過ごしたのではなかろうか。学校の成績はそれほどでもなかったが、SF好きとコンピュータへの関心は頭抜けていた。それが南アフリカ時代のマスクだ。

その行動力は、南アフリカを脱出した後も存分に発揮される。カナダ、米国での大学時代のいろいろな体験、自分の結婚、相変わらずの父親との関係など人間関係は決してうまく行っていない。南アフリカ時代の経験も含めて人間関係がうまく行っていなかったことがマスクのビジネスに対する姿勢を形作っていったのではなかろうか。

  • マスクの人となり
  • 第6章 カナダ(1989年)
  • 第7章 クィーンズ大学 オンタリオ州キングストン(1990〜1991年)
  • 第8章 ペンシルバニア大学 フィラデルフィア(1992〜1994年)
  • 第11章 ジャスティン パロアルト(1990年代)
  • 第16章 父と息子 ロサンゼルス(2002年)
  • 第26章 離婚(2008年)
  • 第27章 タルラ(2008年)
  • 第35章 タルラと結婚(2010年9月)
  • 第39章 タルラのジェットコースター(2012〜2016年)
  • 第44章 苦難の人間関係(2016〜2017年)
  • 第49章 グライムス(2018年)

マスクがビジネスの世界で飛躍する一つのきっかけがこの時期だ。インターネットが商用化され誰でもが使えるようになった時、マスクもそこに可能性を見た1人だった。それが1990年代後半の出来事だ。ここで本格的にビジネスに取り組み始める。

  • イノベーターへの道
  • 第9章 西へ シリコンバレー(1994〜1995年)
  • 第10章 Zips2 パロアルト(1995〜1999年)
  • 第12章 Xドットコム パロアルト(1999〜2000年)
  • 第13章 クーデター ペイパル*1(2000年9月)

宇宙事業では、それまでは「ロケットやエンジン、衛星の開発といったプロジェクトは政府が管理し、何をどうするか、細かの仕様を定める」*2ため、コスト削減やイノベーションを妨げてしまうとし、「固定価格契約(実費精算契約)」から「自己の資本でプロジェクトを進め、一定の成果を挙げたとき初めて支払いを受ける」新しい入札方式を示し、新しい方式で民間企業が請け負うことで宇宙事業を大きく転換させてしまう*3。このような形でやれば自然とコスト削減とイノベーションは起こることを実践する。なぜそうしたかといえば、そうしないと火星へ人を送り込むロケット開発が可能にならないからだ。リスクをとって事業を進める。失敗してもタダでは起きない。リスクを計算し必ず改善して前に進む。その繰り返しの先に成功がある。

  • イノベーター①:火星(宇宙事業)への挑戦
  • 第14章 火星 スペースX(2001年)
  • 第15章 ロケット開発に乗り出す スペースX(2002年)
  • 第17章 回転を上げる スペースX(2002年)
  • 第18章 ロケット建造のマスク流ルール スペースX(2002〜2003年)
  • 第19章 マスク、ワシントンへ行く スペースX
  • 第22章 クワジュ スペースX(2005〜2006年)
  • 第23章 ツーストライク クワジュ(2006〜2007年)
  • 第28章 スリーストライク クワジュ(2008年8月3日)
  • 第29章 崖っぷち テスラ、スペースX(2008年)
  • 第30章 4回目の打ち上げ クワジュ(2008年8〜9月)
  • 第33章 民間による宇宙開発 スペースX(2009〜2010年)
  • 第34章 ファルコン9、リフトオフ ケープカナベラル(2010年)
  • 第37章 マスクとベゾス スペースX(2013〜2014年)
  • 第38章 ファルコン、鷹匠に従う スペースX(2014〜2015年)

そしてテスラ、電気自動車への取り組みだ。ここでもコストとリスクの計算と問題点の把握、それに対する解決策を考える姿勢は徹底している。ジョブズは、製造の上位にデザイン部門を置くことによりイノベーションを可能にしたが、それはマスクも似ている。マスクの場合は生産に関するアルゴリズムと呼ばれる5つの戒律だ*4

  • 第1戒:要件はすべて疑え。
  • 第2戒:部品や工程はできる限り減らせ。
  • 第3戒:シンプルに最適にしろ。
  • 第4戒:サイクルタイムを短くしろ。
  • 第5戒:自動化しろ。

このアルゴリズムを前提にすると、技術系管理職は実戦経験を積まなければならないことになる。ソフトウエアのマネージャーはコーディングをしなければならないし、ソーラールーフのマネージャーは自ら屋根に上って設置作業をする等々だ。実際を知ることにより自らの仕事をより高み(ユーザの立場)に据えるように仕組まれている。

  • イノベーター②:環境問題(電気自動車)への取組み
  • 第20章 創業者そろい踏み テスラ(2003〜2004年)
  • 第21章 ロードスター テスラ(2004〜2006年)
  • 第24章 SWATチーム テスラ(2006〜2008年)
  • 第25章 ハンドルを握る テスラ(2007〜2008年)
  • 第31章 テスラを救う(2008年12月)
  • 第32章 モデルS テスラ(2009年)
  • 第36章 生産 テスラ(2010〜2013年)
  • 第40章 人工知能 Open AI(2012〜2015年)
  • 第41章 オートパイロットの導入 テスラ(2014〜2016年)
  • 第42章 ソーラー テスラエナジー(2004〜2016年)
  • 第43章 ザ・ボーリング・カンパニー(2016年)
  • 第45章 闇に沈む(2017年)
  • 第46章 フリーモント工場の地獄 テスラ(2018年)
  • 第47章 オープンループ警報(2018年)
  • 第48章 落下(2018年)
  • 第50章 上海 テスラ(2015〜2019年)
  • 第51章 サイバートラック テスラ(2018〜2019年)

上巻を読むと、マスクはアスペルガー症候群である等々でいろいろ言われるし、実際、問題も起こしているかもしれないが、彼のような才能と思いと意志を持つものでないとこれほどイノベーションを起こすことはできないだろうことが分かる。現実歪曲フィールドもイノベーションを起こすためには必要な技なのだ。そういう彼と一緒に働きたいかと問われれば、正気の世界では尻込みするだろうが、現実歪曲フィールドに引き込まれれば率先して参加するかもしれない。

マスクや彼の仲間の取り組みに比べて日本のバブル期以降(今も続いている)の失われた年月の企業のリスクへの取り組みはどんなものであったろうか。そもそもリスクを徹底的に検討し、最小化してその上でリスクを取るようなチャレンジをした企業がどれだけあっただろうか。リスクを博打と同等とみなして、リスクを最小化する努力をしてこなかったのではなかったか。だから企業から新しいイノベーションも生まれない、社会改革もできないという国になったのではないか・・・などということを考えてしまうのだった。

下巻では、引き続き、テスラ、スペースXでの取り組みが明らかにされ、さらにスターリンクや旧twitterの話が出てくる。そこでは上巻とは違うマスク、いろいろな経験を経て変化したマスクが何かしら描かれているのかどうかが気になるところ。

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*1:

mnoguti.hatenablog.com

*2:本書P183「固定価格契約」からの抜粋。

*3:シンクタンクに勤務していた時は、固定価格契約にしてもらうことを切望していたことを思い出す。実は考えてみると、固定価格契約というよりは成果に見合った代金を支払ってもらえればそれでよかったのかもしれない。そうすれば質を向上させるインセンティブにもなり実際アウトプットは向上したであろう。しかしそういうプロジェクトは皆無だったのが現実。クライアントにそこを評価できる人材がいなかったからだ。多くは最初に予算ありきで予算以上の仕様(人日)が定められていた。

*4:本書P410「アルゴリズム」を参照。

門井慶喜著『地中の星-東京初の地下鉄走る-』:主人公は、銀座線そのものの物語・・・経営と建設に関係する人たちの苦労がよく分かる1冊

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いきなりだが・・・裏表紙の内容紹介文は以下のようになっている。

日本初の地下鉄を東京に走らせる。〈非常識〉な大事業を決意した早川徳次。経験も資金もゼロだったが、大隈重信渋沢栄一口説き、ついに上野ー浅草間を開業する。自動改札機やATSを導入、日本橋三越本店直結の駅も作った。だが、ライバルが現れた。のちの「東急」の五島慶太である。地下鉄の路線をめぐる非常な戦いが始まった・・・。夢を追いかけた非凡な実業家の波乱の生涯を描く傑作。

この紹介文の肝は「夢を追いかけた非凡な実業家の波乱の生涯を描く」の部分で、ここを期待して、事業家早川徳次の生涯を銀座線の建設を中心に描かれているのを期待して読むと半分裏切られる・・・と思う。自分はそうだった。

The story of the construction of Japan's first subway, the Ginza Line.

「地中の星」は日本初の地下鉄、銀座線建設の物語だ

内容は以下の通り。

  • 第一章 銀 座 東京といえば満員電車
  • 第二章 上 野 かたむく杭打ち機
  • 第三章 日本橋 百貨店直結
  • 第四章 浅 草 開業そして延伸
  • 第五章 神 田 川の下のトンネル
  • 第六章 新 橋 コンクリートの壁

六章建てで、銀座線の主要駅での話題を中心に物語が展開するように構成されている。

ja.wikipedia.org

この中で、実業家の波乱の生涯の一端が主に描かれているのが、第一章と第六章だ。他の章にも登場はするが、そこでは違う人や出来事が中心に描かれている。要するに、この物語の中心を早川中心にして読むと、実業家早川の物語としては物足りなさが残る。

主な登場人物をあげれば以下のようになるだろう。

  • 早川徳次と軻母子夫妻
  • 大隈や渋沢、他、出資者
  • 五島慶太
  • 建設現場の人々(道賀竹五郎、木本胴八、奈良山勝治、坪谷栄、西中常吉、松浦半助、与原吉太郎)
  • 地下鉄開業後の社員

各章ごとにこれらの人たちが登場し、日本初の地下鉄の建設の苦労が語られていく。特に記憶に残るのが、やはり建設現場での出来事だ。登場してくる人々も多いが、道路や川の下に地下鉄を通すということが当時、いかに難事業であったかがよく分かる(だから道路や川の下を通す苦労がそれほどでもなかった渋谷-新橋間の描写は少なくあっさりしている)。そしてその難事業をこなしていく工夫(こうふ)の優秀さとか。それから脇役としての五島慶太の動きも結構目立つのだ。

だからこの本は、早川某の実業家としての側面よりは銀座線建設に関わった人たちの物語といった方がいい。そうやって読むと興味深く、面白く読める本だ。

文体に少々独特のものを感じるが、文章は軽く読みやすい。早い人なら1日とは言わないが2日あれば読み終わってしまうだろう。現在も浅草から渋谷までを結ぶ銀座線、利用したことのある人は多いはずだ。戦前に作られたその地下鉄の構想から完成までの生みの苦しみがどのようなものであったかがよく分かるのが本書だ。

21世紀の都市交通を考えるとき何がしかの視点を提供してくれるかもしれないと思うがどうだろうか?

銀座線の歴史は、検索してみると以下のような記事としてその一端を読むことができる。

tabizine.jp

出典は以下の書籍だ。

長い歴史を持つ銀座線は、今日も多くの人に利用され、浅草と渋谷を結ぶ。

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相田 洋・荒井岳夫著『新・電子立国[第2巻]マイコン・マシーンの時代』:今流に表現すればCoT(Computer of Things)の時代だよねと気づく2023年の自分

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新・電子立国、やっと第2巻を読了した。この古い本を今なぜ読んでいるのか、そもそもの問題意識はこちら。

mnoguti.hatenablog.com

マイナカードのあと、最近もIT業界はあまり嬉しくないニュースで賑わっている。記憶に新しいところでは、全銀システムのトラブル*1とか、人為的なものだが、顧客情報の不正持ち出し*2とかが起こっている。

半導体で一時世界を制覇してから、その後はピリッとしない状況が続いている。日本の電子産業はなぜそこまで凋落したのか、その謎を解明したくてまずは歴史からもう一度勉強し直すということで読み始めたのが、新・電子立国だった。第1巻では、マイクロソフトやその創設者ビルゲイツを中心にコンピュータ産業の勃興期を描いている。

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一部転載すると・・・「グリーンフィールドにコンピュータ産業という新しいビジネスを自分たちの力で建てるためにどれだけ努力したか。寝食を忘れて働くなどは当たり前で、既存のビジネスを新しいビジネスに変えていくための旧勢力との交渉、業界としての秩序の形成など場合によっては批判されることもあったが、それに怯むことなく自分の目標の実現に向けて直走った」様子が現地取材で再現しながら、裏をとりながら取りまとめられている。そこから推測できることは「新・電子立国」で描かれているコンピュータ産業、特にソフトウェアの世界は、製造業とは異なる新しい分野だ。新しい分野を確立するには、これまでの慣習や秩序と戦い、新しいルールを広め、業界を自ら作っていくという起業家精神が必要とされるが、それをもつ日本人がどれほどいるか」ということでその辺りに日本企業の弱点があるのではないかと書いている。

さて、続きの第2巻だが、目次は以下の通り。例によって長いが書き出しておこう。

  • 第1章 電気炊飯器のソフトを開発した女性研究者たち
  • ソフトウエアを内蔵した現代の生活機器と産業機器
  • 炊飯器は、毎日使うマイコン・マシーン
  • 自社・他社の製品がずらりと並んだ、メーカーの会議室
  • 記憶装置と"計算機"が入っている黒い塊
  • 5000の命令を100分の1秒ごとに実行する
  • 炊飯器のプログラムはA4判・150ページに及ぶ
  • 炊飯ノウハウは、プログラムの約1割
  • パソコンがある、台所のような実験室
  • パソコンにつながっている炊飯器
  • 開発完了までに1700回の炊飯と、3トンの米が・・・
  • 汗の結晶は、1000パターンのデータ
  • モデルに使用するのは、最も人気の高い銘柄米
  • "ご飯という作品"を評価し合う
  • 炊き上がりは"私たちの味"
  • 第2章 放電加工とNC工作機械をあやつるコンピュータ制御装置
  • 金型は"工業製品の母"
  • 自動車部品の放電加工・成形工場
  • 30年間に60倍に成長した金型産業
  • すべてが廃物利用の放電加工実験装置
  • 数ミクロン単位を手で制御した「人間サーボ」
  • 複雑に捩れた円錐状にも加工できる
  • ソフトづくりでは"お客様は神様"が真髄
  • ユーザー・マインドな思想の実践
  • 第3章 東南アジアに展開する自動刺繍ミシン事業
  • 日本が世界シェア85%の多頭式刺繍ミシン
  • バンコクのコンピューター刺繍工場
  • 行商から服飾メーカーへ転身を図った男の秘策
  • 運命を変えた自動刺繍ミシン製造への転向
  • 日本製もアメリカ製も、ベトナムにあった
  • 金の指輪6個で買い取った自動刺繍機
  • 刺繍機のソフトウェアはジャカード・カード
  • 「穴情報」によって制御されるジャカード装置
  • プログラム用紙のテープの先祖は糸目情報
  • 自動色替え装置による一大飛躍
  • 世界初のコンピューター制御多頭式刺繍ミシン
  • 後発メーカーは日本の刺繍機製造をおびやかすか?
  • 第4章 自動車エンジ制御の二律背反
  • 現代の車は"エレクトロニクス製品"
  • 四つの機能が統合されたシステム・オン・チップ
  • エンジン制御の重要なポイントは何か?
  • デトロイトが再び世界をリードする究極の方法
  • 世界初の「コンピュータによるエンジン制御」実用化
  • 排気ガス浄化と燃費・走行性能のバランス
  • ミニコンピュータで繰り返された実験
  • 世界的な自動車メーカーからのプロポーザル要請
  • 明確な答えを避け通したフォード社
  • アドバンスト・エンジン・コントロール
  • 「ロッカーサイズのコンピューターを小さく」に開発費はゼロ
  • 第5章 自動車エンジンの電子化推進プロジェクト
  • 「マルFプロジェクト」は覆面部隊
  • 数千の部品がハンダづけされたプリント基盤
  • 日米双方の24時間をフルに使う
  • 「エンジン始動せず」に、「大丈夫」の声が震えた
  • ブレッドボードで自動車が動いた
  • 内緒で回路変更をしてチップを納入
  • 先端技術の頂点に立った12ビッド・マイコン
  • トランクを開けてエンジンを修理?
  • 再び、鶴の一声で生き返った開発プロジェクト
  • 自動車マンたちは電子装置に懐疑的だった
  • アリゾナ砂漠の最終テストで正式採用に
  • 日本製ユニットはアメリカ経由で日本車に流れ込んだ
  • 日本企業の技術革新加担対する疎ましさ
  • 第6章 自動車エンジンのソフトウェア開発と格闘した男たち
  • 復元政策も実地走行もオーケーが出た
  • 「理論混合比」を実現するアナログ電子機器
  • 排ガス規制対策用電子装置の開発製造
  • レーニング・キッドでエンジン始動
  • 快調モードと不調モードはキーボード操作で
  • ディジタル装置の大きな可能性
  • エンジン制御のソフトは黒い紙テープ
  • プログラムの点検と修正を繰り返した日々
  • 電磁ノイズによるコンピュータの勘違い
  • マイコン検知情報から制御値を選ぶ
  • 電子屋が、エンジン屋の聖域に手を伸ばす
  • マイコンによる排気ガス対策の真髄とは?
  • 寒波と地吹雪のなかの耐寒テスト再現
  • 日本初のマイコン制御自動車、誕生

第2巻は、マイコン・マシーンの時代ということで、現代の言葉に変えれば、Computer of Things(CoT)、最初のデジタルトランスフォーメーションの時代ということになろうか。取り上げられている内容は組み込みソフトウェアの話で、炊飯器で家電のデジタル化、金型産業で製造業のデジタル化、刺繍用ミシンで産業用機械のデジタル化、そして最後に日本経済を支える自動車産業のデジタル化だ。

これらの産業は、第1巻で取り上げたれたコンピュータ産業という新しい産業を立ち上げるのとは異なり、既存産業へのコンピュータ技術の応用ということになる。在るものをさらに磨き上げる、新しい技術で生産性を高めるということで従来から言われてきた日本の強みを発揮できる分野ということになる。

この時代、経済成長により生活水準が向上し、人はより一段高い生活を目指す一方、オイルショックや公害があり、産業のあり方に大きく転換を強いられた時代であった。そのような世の中の動きが当時のデジタルトランスフォーメーションを後押しすることになり、日本企業はそれを活かして市場を席巻していったと言える*3

In today's terms, that was the era of the Computer of Things.

今様に言えば、Computer of Thingsの時代でもあったあの時代

本書第2巻を読むと、日本人、特に現場の人間が優秀であったことが描かれている。炊飯器にしろ、金型にしろ、刺繍用ミシンにしろ、自動車にしろ現場の社員が必死に取り組んで実現してきたことだ。そこに経営者の姿はあまり出てこない。経営者が出てくるのは、東芝が自動車の電子化を進める際に当時の社長土光さんが後押ししたところぐらいだろう。

既存産業のDXであったということもあり、トップがガンガン引っ張るようなことではないと言えるかもしれない。見方を変えれば、こういうDXでないと日本企業は力を発揮できないのだと考えられないだろうか。この手の経営に経営者の力はあまり必要ないということだ。第1巻で描かれた新しい産業を立ち上げるためには、経営トップが先頭に立って動かないと実現できないだろうが、既存産業のDXは現場で対応できる。経営者はそれを邪魔しないようにするだけだ。ビジネスを立ち上げ成長させるという視点から見た時の第1巻と第2巻の違いが日本の電子産業が凋落した要因が何かを物語っているのだ。経営者の違い・・・これに尽きる。米国は、若い時からビジネスを立ち上げることを目標にやってきた人間が自ら経営者になり市場を開拓する。日本は、たたき上げの社員の最後の勝者が社長となり、4年か5年で交代していく*4。その差が決定的だったと思える。だから日本でも創業者が社長を長く勤める企業はちょっと違う。

日本の電子産業を形成する企業群にそういう企業は皆無であろう。この業界は、経営者のレベルで新しい人材が必要とされている*5。あるいは企業の体質そのものを変える必要がある。昨今のジョブ型雇用の導入もそういう視点で考えるとその意義が分かる。そのためには競争を活発にすることであり、参入と退出をしやすくすることだ。だから規制改革≒競争促進ということなる。しかし、それは簡単に実現できるものではない。若い経営者たちで可能性のある人たちが出てきていることも確かだが、その人たちが日本経済を代表するようになるにはまだ10年以上かかるだろう。日本経済はそれまで耐えられるのか?

さて、本書の中で日本にもまだ芽があるかと思わせてくれたのは、最後に出てくる、デジタル化による性能の向上は、優秀なハードウェアがあってこそ実現されるという事実だ。つまり、ものづくりは、電子産業の時代になっても重要だということを言っている。ものづくりが得意と言われる日本企業にもまだチャンスはあるかもしれないが、それを実現するためには、ものづくりの人たち、経営者のソフトウェアに対する理解が必要なのだ*6。どうだろうか?

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*1:

piyolog.hatenadiary.jp

*2:

piyolog.hatenadiary.jp

*3:世の中で言われていたのは、軽薄短小の時代ってこと。

*4:社内で出世していくためには無理なことをしてマイナス評価をもらうことは避け、無難に評価してもらえることをやりがちだ。典型的なのは、新製品を開発し、世に出すより、既存製品やサービスのコスト削減をして、利益を出す施策。そういう社内環境で育ってきた人間が社長になっていきなり新しい業界を作るようなことはできないだろう。日本型の企業は元から時間と共に衰退していく運命にあったのだ。

*5:もしかしたらと思うのは、中小企業の存在だ。今、事業継続が課題になっている日本の中小企業は多いが、そこに新しい経営者が入ることによって生まれ変わり、ビジネスのやり方そのものを改革して、中小企業から日本の産業を変えていける可能性・・・は、ないだろうか。

*6:第3章に以下の記述がある。

「日本のメーカーがコンピューター化を果たした後も、欧米のメーカーの多くがジャカード式の刺繍ミシンをつくり続け、市場の多くを日本に奪われた。産業革命以来、得意中の得意だった機械制御にこだわったのである。"得意芸が身を滅ぼす"見本であった。今は世界を制している日本も、その得意芸にこだわって安住し、新技術に目をつぶれば必ず衰退するに違いない。」(本文147ページ)

この記述を読んだとき、多くの人はクリステンセンのイノベーターのジレンマを思い出したのではなかろうか。

さらに、世界を席巻したこともある半導体について、昨今、それが戦略物資だと言って官民あげて再投資するのはどうか。今更、再投資しして戦略物資としての役割を果たせるのか、あるいは昔のように市場シェアを挽回できるのであろうか。今から将来を考えた時、投資すべき技術は他にあるのではないか?ここもこれまでの経緯を一度整理した方がいいみたいだ。

清水亮著『検索から生成へー生成AIによるパラダイムシフトの行方ー』:生成AIは一過性のブームではなく、我々のすべてを変えていく

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日々の生活を豊かなものにし、労働から解放したのは紛れもなく技術のおかげだ。その発展・普及なくして今の世の中はありえないだろう。しかし新しい技術の世の中への浸透がその当初経済社会に何らかの軋轢をもたらすのも事実だ。それは技術の社会的受容として昔からアカデミアの世界でも研究テーマの一つであった。技術の社会的受容について経済学の視点からこれまでの研究を集大成したものが『テクノロジーの世界経済史』だ*1。それについての自分なりの取りまとめは以下の記事にある。よろしければ読んでいただきたい。

mnoguti.hatenablog.com

本書『検索から生成へ』が描く生成AIの登場とその将来の可能性は、まさしくこれから本格化する生成AIという技術の社会的受容の現状を整理し、将来を描いたものだ。それは先日読んだ新電子立国の続きを描くものといってもいいだろう。

mnoguti.hatenablog.com

技術の社会的受容を読み解く鍵として著者が挙げているのが、「テクニウム」という聞き慣れない言葉だ。テクニウムとは本書によれば以下のとおり。

テクニウムとは、個々のテクノロジーを一つの生物と捉え、生物のように増殖し、生物のようにほかの生物と合成され、進化するものと解釈する考え方のことで、まったく別のところでまったく別の目的のために作られた技術があたかも生き物のように、出会い、交配し、新しいものに生まれ変わっていく性質を指します。(73ページより)

テクニウムの重要な性質としては以下の点が挙げられている。

  • 必要性が生まれる前に技術が先に生まれる
  • 普及した技術は、必ずほかの技術を取り込む
  • 技術は、普及すればするほど安く、小さく、軽く進歩する
  • 技術は、進歩することをやめることができない

このテクニウムの視点で本書はこれまでのデジタル技術の歴史を整理している(第2章)。1940年代のコンピュータの開発から1980年代前後のPCの出現、1990年代半ばのインターネット、モバイルの浸透、さらに我々の生活空間、ビジネス空間で検索が当たり前になり、SNSが普及した世界から、今、AI、中でも生成AIという技術が身近に普及してきた流れを明らかにする。それは著者の言うとおり、生成AIの登場が一過性のブームではなく、これにより世の中が大きく変わるという歴史的必然として明らかにするものだ。

ここを理解することで、現状の生成AIの世の中に対するインパクトが明らかになる。第2章は、本書で最も大切な章として位置づけられるだろう。第2章の視点で、その後の第3章から第5章まで現場から未来の姿までが描かれる。

What is the paradigm shift with generative AI?

生成AIによるパラダイムシフトとは?

だいぶ長くなるが、本書の構成を以下に書き出しておく。

  • 序〜まえがきにかえて〜
  • プロローグ 検索の時代
  • 検索以前の時代とインターネットの誕生
  • 人力によるディレクトリ検索
  • 自動で探索するロボット型探索
  • 「そんなに検索頻度が高いと儲からない」
  • KPIは顧客滞在時間
  • 検索なんて外注しろ
  • 検索の時代へ
  • 第1章 生成AIとはなにか?
  • 生成AIとはそもそもなにか?
  • コンピュータとAIは真逆の存在
  • 説明なしで学ぶ人工ニューラルネットが可能にしたこと
  • 巨大化することで性能を飛躍的に向上させた生成AI
  • 生成AIの性能を決定づけるデータとバイアス
  • 大規模言語モデルの”民主化
  • 新時代に価値をもつもの
  • 第2章 テクニうむがもたらす未来〜知恵を合わせる能力〜
  • AIが急速に進歩した理由
  • コンピュータ、半導体、電卓戦争とマイクロプロセッサの発明
  • ハッカー誕生の地MITから生まれた偉大な発明〜ゲーム、自由なソフトウエぁ、インターネット〜
  • Microsoftはなぜ大学生に負けたのか?
  • 自由なソフトウェアと商用化は矛盾しない
  • ファミコンから始まったゲーム機戦争
  • 天才たちの楽園〜サザーランドと電子たち〜
  • MIT人工知能研究所とシンボリックス社
  • 次世代ゲーム機戦争
  • PCとMacGPUの共進化
  • NVIDIAの選んだ生き残りの道GPGPUとCUDA〜
  • WebサービスWeb2.0
  • 世界中のプログラマー集合知Github
  • 人工知能研究者のための溜まり場HuggingFace
  • AIが人間に勝ったアルファ碁の衝撃
  • 強化学習×大規模言語モデルがChatGPT
  • 高度で大規模な性能を保ち小規模なAIに蒸留する
  • プログラミング×AIでさらに強力になる
  • 第3章 民主化された生成AIが世界を変える
  • 真の民主化がこれから始まる
  • 大規模言語モデル民主化されるとなにが起きるのか
  • AI生成物が人間の創作物の総量を超え、ハルシネーションが知識を汚染する
  • 生成AIの法的な問題
  • 倫理的な問題
  • データ中心主義(データセントリック)
  • 表現手段としてのAI
  • プログラムを書くAI
  • 第4章 生成AIでビジネスはどう変わるのか
  • 生成AIでプロジェクトを管理する
  • 企業の意思決定手段としての生成AI
  • 傾斜と管理者を助ける生成AI
  • 中小起業こそ生成AI導入のメリットがある
  • 生成AIで変わる人事
  • 生成AI時代の組織とは
  • AI中心主義の飲食店
  • 第5章 生成AIの可能性
  • コミュニケーションと生成AI
  • エンターテインメントと生成AI
  • ラニングと生成AI
  • 仕事と生成AI
  • 新しい働き方と生成AI
  • 教育と生成AI
  • 高齢化社会と生成AI
  • おわりに「永続する未来へ」

全体としては240ページの読み物で、量の多寡の感じ方は人によるだろうが、この中に書かれていることを読んで考えることでより多くの知識を我々にもたらしてくれるだろう。そういう意味では読んだ後、もう一度読みたい本だと思う。是非2回読んでみてほしい。2度目に読む時はまた新しい世界が頭の中に広がっていると思う。

本書の基本的な視点であるテクニウムを理解するには、以下の書籍は必読だ。本書を読んでより深く考えたい人は読んでみることをお勧めする。

これから生成AIの世界が急速に広がり、そして我々の世界に深く浸透していくことになる。少し大袈裟だが、その社会的受容過程で、さまざまな社会問題がなるべく発生しないように、多くの人が本書を読み、生成AIが普及する必然を理解し、社会に普及する上での問題点があることを予期しながら利用を進めるようになればいいと思う。そうすることで検索から生成へというパラダイムシフトを上手く生き抜いていくことになるのだと思う。

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相田 洋・大墻 敦著『新・電子立国[第1巻]ソフトウェア帝国の誕生』:コンピュータ産業の勃興期をビル・ゲイツを中心に描くとこうなる

出版は、1996年・・・小生、入社5年目の若造であった。TV番組として見たかもしれないがその内容はあまり理解できていなかっただろう。だから記憶にも残っていない。

今から思えば、コンピュータ産業はまだ若かったし、当時は、仕事でPCが一人一台になった頃だった*1。コンピュータ産業は、IBMマイクロソフトやアップル、その他日本国内の互換機メーカーも含めて元気が良かった。その後の日本メーカーの敗退、IBMのPC事業からの撤退、アップルやマイクロソフトの浮き沈みなどがあり現在に至る。

そのコンピュータ産業の勃興期をまとめたのが本書だ。今後、この続編を順番に読んでいくことになるが、なぜ今、このシリーズを読むのか。それは日本のデジタル産業の低迷の原因を探りたいと思ったからだ。その問題意識を書いたのが以下の記事になる。

mnoguti.hatenablog.com

本書は、NHKスペシャルの番組を再構成した内容であり、随所に番組で行われたインタビューを入れ込み、当事者に直接語らせるように工夫し、説得力を持たせている。番組を見てから読むと映像では理解できなかった部分が理解できたり、新たな気づきがあったりするところがいい。読んでから再度映像を見るというのもいい。

Why read The New Electronic Nation now?

なぜ今、新・電子立国を読むのか?

主役は、当時の巨人IBMではなく、会社設立から始まるマイクロソフトであり、まだ少年のビル・ゲイツだ。ビル・ゲイツをその幼少期から追うことによって、米国でコンピュータ産業がいかに勃興してきたを描いている。新しい産業が勃興する中での当事者たちの苦労、大型コンピュータを牛耳っていたIBMのPC世界での凋落、その他、コンピュータ産業が勃興する際の主人公になり損ねた人々について現地での取材に基づいてまとめられている。

そこで明らかになるのは、アメリカ社会がビジネスを起こすことに積極的な社会であるということ、積極的な人間にはどこか寛容なところがあること、それをビル・ゲイツを通して描いているとも言えるだろう。彼がマイクロソフトを起こし、それを成長させていく過程で次々と押し寄せるチャンスとピンチに全力で取り組みものにしていく過程はまさしくそこを描いている。ビルは常に自分がやりたいことを実現するために努力し、そのチャンスが来た時にはそれをものにすることに全力を挙げた。同じようなチャンスを目の前にした他の人たちもいたが、その人たちがものにできなかったチャンスをビルはものにしていったのだ。

グリーンフィールドにコンピュータ産業という新しいビジネスを自分たちの力で建てるためにどれだけ努力したか。寝食を忘れて働くなどは当たり前で、既存のビジネスを新しいビジネスに変えていくための旧勢力との交渉、業界としての秩序の形成など場合によっては批判されることもあったが、それに怯むことなく自分の目標の実現に向けて直走った。そのことが本書にはまとめられている。この点については、ビル・ゲイツスティーブ・ジョブズイーロン・マスク・・・みんな似ている。

ちょっと長くなるが、目次を以下に挙げておく。各項目を見るだけでおおよその内容は分かるだろう。一つの産業が勃興し、成長していく様をじっくり読めるのがいい。

  • まえがき
  • プロローグ パソコンソフト産業の覇権をにぎる男、ビル・ゲイツ
  • 第1章 世界最大のソフトウェア企業、マイクロソフト
  • テレビ取材への不信感
  • マイクロソフト・キャンパスの1日
  • 世界最良のソフトウェア開発のための環境づくり
  • 第2章 ビル・ゲイツは、いかにして才能を開花させたか
  • レイクサイドスクールの先進的コンピュータ教育
  • ビル・ゲイツとコンピューターとの出会い
  • ポール・アレンとの熱中コンビ
  • シアトル・コンピューター・カンパニーの「バグ出し」
  • ソフトウェアビジネスへの胎動
  • 最初の会社設立は高校生時代
  • 世界初のパソコン発表への二人の反応
  • パソコン時代への技術開発
  • 世界で初めてのパソコン「アルテア」の開発者
  • 人間語と機械語の対照表
  • プログラムを自由に書くためのプログラム
  • 「アルテア」の機能を代替するプログラム
  • エイケン・コンピューターセンターの天才たち
  • アルバカーキの最初の一日
  • 世界で初めてのパソコン用ソフトが動いた
  • ソフトウェア契約の原型
  • 第3章 マイクロソフト社の草創期
  • 社員三人のマイクロソフト社設立
  • 海賊版の出現に激怒
  • ホーム・ブリュー・コンピュータークラブのコピー談義
  • ソフトウェアは知的所有物だという主張
  • マイクロソフト社とMITS社のぎくしゃくした関係
  • ルバウ夫人の脇を軽やかに通り過ぎた少年
  • ソフトウェアというなの紙を売る少年たち
  • 天才たちの面倒いっさいをみる「ルバウ・ママ」
  • 理解を超えたライセンス料収入
  • アルバカーキを去る日
  • 第4章 パソコン産業の黎明期
  • 予想外に売れたマイクロコンピューターの組立てキット
  • デファクトスタンダード」が死命を制する
  • 無料で開催したマイコンセミナーは大人気
  • 「日本のビル・ゲイツ」は誕生しなかった
  • パソコンを作るために大企業から独立
  • マイクロソフト社の重役になった日本人
  • ハンダゴテ一本を持ってコンピューターづくりに渡米
  • 独学でコンピューターを自作した少年
  • ガレージで生まれた「アップルⅠ」
  • 「アップルⅡ」開発の快挙
  • 製造の資金を得て爆発的なヒット商品に
  • 第5章 IBMパソコンの誕生とMS-DOS開発
  • パソコン開発を決意したIBM
  • 定宿は超高級リゾート・ホテル
  • 内製品はキーボードと箱だけだった
  • OSはコンピューター・システムの鍵
  • 秘密保持契約から始まった交渉
  • 欠けていたのはOS
  • マスコミ泣かせの鬼才はスピードマニア
  • すれ違いに終始したライセンス交渉
  • OSは「ペンキの塗り替え」で
  • 人生はプログラミング三昧で満足
  • 一点の曇りもない説明ぶり
  • MS-DOSの開発は秘密部屋での突貫作業
  • MS-DOSは盗作か
  • ハードとソフトの力関係が逆転した瞬間
  • 第6章 誰でも使えるコンピュータの登場
  • 「ウィンドウズ」とは何か
  • ゼロックス研究所で生まれた「GUI
  • 「アルト」はまさしくGUIパソコンだった
  • GUI環境を商品化した「マッキントッシュ
  • マイクロソフト社も「ウィンドウズ」を発表
  • エピローグ パソコン時代の創造的人間たち
  • 先駆者たちの現在
  • チャレンジャーを育てるアメリカ社会
  • ソフトウェア時代に通用しない日本の教育システム

この前のシリーズである「電子立国日本の自叙伝」では、日本企業が世界市場を舞台に活躍したが、新・電子立国では日本企業や日本人はほとんど出てこない。唯一出てきたのは、アスキーの西さんぐらいとなっている。その違いに日本の電子産業(というか日本経済そのもの)の凋落の原因が隠れていると感じてしまう人はいくらでもいるのではないか。

「電子立国日本の自叙伝」は、あくまでも製造業の話・・・半導体産業は新しかったが、製造業の新たな一部門にすぎない。半導体産業のように既存の分野の中で自分を活かしていくことを考えるのは日本人は得意なのではないか。それが現実になったのが世界レベルでのシェアの獲得であった。それでも絶頂を極めた後はずるずると後退するしかなかったのであるがそれはそれでなぜなのかという疑問につながる。一方、「新・電子立国」で描かれているコンピュータ産業、特にソフトウェアの世界は、製造業とは異なる新しい分野だ。新しい分野を確立するには、これまでの慣習や秩序と戦い、新しいルールを広め、業界を自ら作っていくという起業家精神が必要とされるが、それをもつ日本人がどれほどいるか。本書の中では「日本企業の得意芸とも言える二番手商法が発揮できない世界」と指摘されているが、日本人がソフトウェアの世界で世界と競争するのは今後も無理なのであろうか*2と自問自答する。

コンピュータ(ソフトウェア)産業のような全く新しいビジネスを立ち上げ、業界として成長させていくには、欧米人とは異なる、日本人を特徴づける社会と個人の比重の掛け方の違いが不利に働いたことが一つあると思う。さらにソフトウェアの世界は、ネットワーク効果の働く世界であり、一人勝ちの世界になるため、二番手として日本が追いかける余地はなかったということになろうか。

今の日本を見た時、日本経済を立て直したいのであれば、若い人たちを海外に出すことしかないのではないか。日本以外のビジネスや社会を知ることで若い精神を刺激し、日本にはないビジネスを起こし、一攫千金を目指す人間を育てることだ。

続いて第2巻を読んでみることにする。

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*1:当方の研究所は、PCに関しては比較的先進的に揃えていたと思う。入社当初は、まだワープロの時期で富士通オアシスが一人一台、PC9801がフロアに数台、SASを動かすためにVAXがあった。その後、MacのⅡCiが導入され、PCが個人端末となる段階でMacのカラクラが希望者に導入された。そのカラクラをアップルトークで繋いで、ユードラでメールを始めた時の衝撃は忘れない。

*2:ならば、半導体産業を再度テコ入れするというのはそれはそれで国家戦略としては支持されることになろうか。

ジミー・ソニ著『創始者たちーイーロン・マスク、ピーター・ティール、世界一のリスクテイカーたちの薄氷の伝説ー』:分厚いが、あっという間の出来事だったペイパルの立ち上げ

訳者あとがきまで入れると653ページ・・・1冊の本としては最近はあまりない厚さだ。出典一覧が別にネットで公開されいてるのでいろいろ考え、工夫した結果がこの1冊での出版になったと想像される。

確かに600ページを超える内容だが、書かれている期間は、98年から02年までの4年間に過ぎない。本書に登場する人物は、その間にX.comとコンフィニティという会社を立ち上げ、さらにペイパルが生まれ、さらにさらにイーベイとの死闘などを経て、独立していく。まさにスタートアップとはこうやって成り上がっていくのだというストーリーだ。その数年間を一気に読んでもらいたいと考えたら、出版する側にいたら多少は厚くなっても1冊で出したいと思うだろう。

There's a reason it's one thick, heavy book.

厚くても重くても1冊にしたのには訳がある

何しろスピード感を持って読んでもらうことで、ペイパルやそれを作ったマスクやピーター、レヴチンらの目的に向かう必死さやそれを実現するための苦労を追体験でき、彼らと行動をともにしたその他のペイパルを支えた若い技術者たちの思いを理解できるということになるのではないか。

彼らは、あの短い期間に受け身で働かされていたわけではなく、自ら進んで激務をこなしていた。それはペイパルという一つの企業、スタートアップを成功させるためであり、そのためには激務も激務と思わなかったのではないか*1。そしてそこでの経験が後に彼らの財産となっていく。

終盤、創始者たちそれぞれは、イーベイとの競争に疑問を持つようになる。ペイパルというスタートアップで新しいビジネスを立ち上げようとして戦っていた時と、その内容が変質してきたことに気づく。そこが潮時だった。ペイパルはIPOを成功させ、イーベイに売却することになる。その後は、創始者とその仲間たちは自分らの道を歩むことになる。合併後のPayPalに残ったものもいるし、新しくビジネスを立ち上げたものもいる。ペイパルを去ったメンバーが立ち上げたスタートアップは、例えば、アファーム、リンクトイン、ユーチューブ、イェルプ、ヤマ─、キヴァがある。DXの申し子のような企業群を形作りつつあるように見える。

目次は以下の通り。

  • INTRODUCTION シリコンバレーの謎
  • 第1部 大胆不敵
  • Chapter 1 ウクライナの天才ーマックス・レヴチン西に向かう
  • Chapter 2 ビリオネア朝食クラブーピーター・ティールという男
  • Chapter 3 「正しい問い」は何か?ーイーロン・マスクの模索
  • Chapter 4 ネット上で最もクールなURLーX.com誕生
  • Chapter 5 ビーマーズーコンフィニティ、活路を見出す
  • Chapter 6 終わりだーユニバーシティ・アベニュー394番地にて
  • Chapter 7 鬼気迫るイーロンー空想を実現にする方法
  • 第2部 孤立無援
  • Chapter 8 「破産まっしぐら」の名案ーカネをもらうより配ってしまえ
  • Chapter 9  シリコンバレーの世紀の激戦ーX.comとコンフィニティ、ぶつかる
  • Chapter 10 狂気のクラッシュー捨てるより早くカネが消えていく
  • Chapter 11 ナットハウスのクーデターー新CEOビル・ハリスの苦難
  • Chapter 12 1億ドルの賭けー有料化の危険なミッション
  • Chapter 13 地獄のように働こうー波乱の「ペイパル2.0」プロジェクト
  • Chapter 14 ハネムーンを狙えーイーロン・マスク追放
  • 第3部 強行突破
  • Chapter 15 不正者イゴール、現るーペイパルは数人の不正で倒産する
  • Chapter 16 強制アップグレードー猛抗議に耐えきれるか?
  • Chapter 17 ハッカーたちとのおかしな関係ーオタクのスパイ大作戦
  • Chapter 18 巨人との死闘ーイーベイと果てしなく殴り合う
  • Chapter 19 世界制覇ー制服は戦略的に
  • Chapter 20 すべてを吹き飛ばすテロー逆風の中の「逆張り思考」
  • Chapter 21 5時まで粘れーIPOか強制終了か
  • Chapter 22 Tシャツ戦争ー「最後の戦い」の勝者は?
  • 終 章 ペイパルディアスポラーペイパルとは何だったのか?
  • EPILOGUE ペイパルマフィアの余波

本書にはその激闘の様子が23章にわたって書かれている。自分にとって、イーベイはAmazonが出てくる前にEコマースで成長してきたベンチャーとの認識だったが、それは少々ずれていたみたいだ。そしてペイパル・・・自分が最初使った時はカード決済や現金払い、銀行振込で不便を感じていなかったので、なんでわざわざこのようなサービスを使うのか分からなかったし、新たな手間として面倒くさいと思いながら使った記憶がある。当時の自分には、ペイパルが受け入れられるニーズがあったことがわからなかったのだ。そのペイパルが激しい競争の末、成長し、その時の社員たちが後の多くのスタートアップを立ち上げていたとは想像だにしなかった。

本書を読んでいると、自分が何をやりたいのか・・・目標の大切さ、それを実現するために何をしたらいいか緻密に考え、それを続ける継続性、機会を見つけたらそれを離さず、ものにしていく粘り強さ、そしてある時は一か八かのリスクを取る度胸、そしてそれらの苦労を共にしてくれる優秀な仲間、これらのどれが抜けてもペイパルはうまく行かなかったのではないか。読んでいて面白いし、色々考えさせてくれる物語だ。

600ページを超える大部であるが、一度読み始めると一気に読んでしまいたいと思うだろう。だからまだ読んでいない人は、数ヶ月後の年末年始の休みの際に読まれると良いのではなかろうか。新たな勢いをもらって新年を迎えられると思う。

創始者の一人である、ピーター・ティールの著作。

最近世界同時出版されたイーロン・マスクの伝記。これも分厚いが上下巻に分かれている。

これから年末年始に向け、読みたい本が目白押しだ。

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*1:バブル崩壊後の日本経済に決定的に欠けている点ではないかと思う。だからイノベーティブな企業が出ても、それが大きく成長することは限られてくる。世の中、楽して金儲けができるほど甘くはないということだ・・・FIRE!