※本ブログおよび掲載記事は、Google、Amazon、楽天市場のアフィリエイト広告を利用しています。
※Amazonのアソシエイトとして日本橋浜町weblogは適格販売により収入を得ています。
はじめに
『容疑者Xの献身』、この夏、亡くなられた東野圭吾氏の代表作だ。自分も単行本で持っており、長らく、おそらく20年近く積読資産として本棚に並んでいた。その本を最近やっと読み始め、先日読了した。おそらく読み始めたきっかけは著者が亡くなられたことだと思う。
読んでいる途中では意外とあっさりと書いてあるな・・・と思いつつ読んでいたが、最後のトリックが明らかになったところで「そうきたか!」と思わず唸った。これまで読んだ作品はそんなに多くはないが推理小説を読むのは好きだ。そんな中、今回のような読後感を持ったのは、アガサクリスティの「そして誰もいなくなった」以来だった。

久しぶりに推理小説を読んだこともあり、注目すべきポイントをことごとくスルーしていたようだ。トリックに気づかなかったからこそ唸ったわけだが、後から振り返ると、見逃していた手掛かりがいくつもあったのだと思う。
舞台となった浜町、清澄あたり
この小説は、そもそも舞台が浜町から清洲橋を渡った清澄周辺と都営新宿線沿線ということで作品自体に親近感がある。そういうこともあって読み終わってすぐにNetflixで映画版を見た。
思い出したねえ。新大橋右岸南側にあるわんわん広場あたりがホームレスの人たちが描かれている場所なのだが、当時、確かに作中に描かれているような人たちがあそこで生活していた。洗濯している人、空き缶をつぶしている人、日がな一日ぼーっとしている人・・・いろんな人がいた。自転車持ってたり、TVやラジオを持っている人もいた。結構、裕福だなと思いながら見ていた記憶がある。石神の勤め先の学校も清洲橋を渡って少し行ったところにそのモチーフとなった学校がある。
映画のロケにも出くわした時があった。浜町公園でかなりの人だかりができていて「何だ?」と思ったらこの作品の撮影だった。靖子が働いていた弁当屋、映画では高虎の路地を入ったところになっていたが、その弁当屋は撮影が終わった後、実際にしばらく営業していた。
自分の身近な生活空間が舞台だったので、犯人を推理するより、描かれている場面が実際どこなのかを想像しながら読んでいた。そりゃぁ、トリックも見逃すよね。
推理小説と因果分析:DAGを活用する
この小説では、殺人事件の発生を出発点として、犯人の特定に向けた捜査が進んでいく。そこに石神の介入が加わり、証拠やアリバイの状況が変化することで、事件の真相を見抜くことが難しくなる。
事件そのものと、警察が観察できる証拠や関係者の証言との間には、石神の介入によって複雑な関係が生まれる。こうした出来事のつながりを整理するために、DAGを使ってみようというのが今回の試みだ。
DAG(有向非巡回グラフ)は、出来事や変数をノード(点)、その間の関係を矢印で表現するものだ。因果関係を整理するために使う場合、矢印は原因から結果への方向を表す。DAGを使うことで、複雑な出来事のつながりを視覚的に整理できる。
因果分析で使われるDAGの考え方は以下のイラストを参照にしてほしい。
DAGで考える因果関係の世界(クリックすると拡大されます)
因果探索の視点から考える
当初は因果推論の視点から考えていたが、今回のテーマには、因果関係の構造を明らかにする因果探索の視点の方が適していると考えた。
因果探索と因果推論の違いを整理すると、以下のようになる。
因果探索と因果推論の比較
| 観点 |
因果探索 |
因果推論 |
| 基本的な問い |
何が何に影響しているのか? |
ある原因は結果にどの程度影響するのか? |
| 明らかにしたいこと |
因果関係の構造 |
因果効果など |
| 推理小説での例 |
証拠やアリバイの関係から、事件の背後にある因果構造を探る |
石神が介入しなかった場合と比較し、その影響を考える |
| DAGの役割 |
因果構造を表現する |
因果効果を分析するためのモデルとして使う |
| 主な手掛かり |
観察された事実、証拠、追加情報 |
因果構造、比較条件、分析上の仮定 |
因果探索の考え方は以下のイラストを参照してほしい。
因果探索とは?(クリックすると拡大されます)
そこで、以下では因果探索の視点から、『容疑者Xの献身』における事件の構造を整理してみる。
『容疑者Xの献身』における因果探索
※以下、物語の展開に触れています。具体的なトリックの詳細は伏せていますが、未読の方はご注意ください。
今回取り上げた推理小説『容疑者Xの献身』は、優れた推理小説だ。そしてこの小説を少し違った視点から読んでみると、データ分析の世界で使われる「因果探索」という考え方にも通じるものがあることが分かる。
以下、この小説の登場人物の行動や事件の展開を、DAGを使って整理してみた。
「容疑者Xの献身」を因果探索で考える(クリックすると拡大されます)
では、『容疑者Xの献身』を因果探索という視点から見ると、何が分かり、何が分からないのだろうか。
DAGで分かること
今回作成したDAGでは、物語の展開を大きく次のように整理した。
富樫の死亡をきっかけに石神が事件を認識し、事件に関与する動機・目的から介入・計画へと進む。その結果、証拠やアリバイの状況が変化し、警察の推論に影響を与える。さらに、事件を調べる湯川の分析と行動によって、事件の背後にある因果構造が明らかになっていく。そして、真相の解明は、石神と靖子それぞれの行動へとつながっていく。
このように整理すると、事件の発生から真相の解明、そして物語の結末に至るまで、さまざまな出来事がどのようにつながっているのかを俯瞰できる。
ここで重要なのは、警察が観察できるのは、あくまでも証拠やアリバイ、関係者の証言などであるという点だ。警察は、こうした観察可能な情報をもとに推論する。しかし、観察された情報が、実際に起きた出来事をそのまま反映しているとは限らない。石神の介入によって証拠やアリバイの状況が変化しているため、観察された情報だけでは事件の全体像を正しく理解できない可能性がある。
そこで新たに重要になるのが、観察された事実の背後にある因果関係を考えることだ。なぜ、このような証拠が残されているのか。なぜ、アリバイが成立しているように見えるのか。こうした疑問を手掛かりに、目に見える事実を生み出した出来事や行為を推測していく。湯川の行動は、観察された事実だけでなく、その背後にある出来事のつながりを探ろうとするものとして捉えられる。この点は、因果探索の考え方にも通じる。
分からないこと
では、DAGを描けば、事件のすべてが分かるのだろうか。
もちろん、そうではない。今回のDAGからは、石神の介入によって証拠やアリバイが変化し、それが警察の推論に影響を与えたという、物語の大きな構造を理解することはできる。しかし、個々の出来事が、具体的にどのような仕組みで実現されたのかまでは分からない。
例えば、石神の靖子に対する思い、彼がどのような考えに基づいて計画を立てたのか、証拠やアリバイをめぐる状況をどのように変化させたのか。そして、それがなぜ警察の推論を難しくしたのか。こうした問題を理解するには、物語の具体的な展開を詳しく追う必要がある。つまり、因果関係の大きな構造を理解することと、その因果関係が生み出される具体的な仕組みを理解することは、別の問題で残ることになる。
また、観察データから推定した因果構造が、必ずしも唯一の正解であるとは限らない。複数の因果構造が同じ観察結果を説明できる場合もあるため、追加の情報や専門知識を使って検討することも重要になる。
DAGは、因果関係を整理し、考えるための地図と言える。この地図を描くこと自体が、すべての謎を解くことを意味するわけではないということを忘れてはいけない。
トリックはブラックボックスのまま
今回のDAGでは、石神の動機・目的、介入・計画、証拠やアリバイの変化といった部分を、因果関係の構造として表現している。しかし、具体的なトリックまでは説明していない。
図を見ることで事件全体の構図をある程度理解できたとしても、小説の核心となる仕掛けまでは分からない。言い換えれば、因果関係の大枠を示しながら、その背後にある具体的なメカニズムはブラックボックスのまま残しているのである。
この点は、因果探索について考えるうえでも興味深い。因果構造を推定することと、その構造を生み出す具体的なメカニズムを理解することは、区別して考える必要がある
おわりに
なお、今回の図は、物語を理解するために出来事を単純化して整理した概念モデルであり、統計的な手法によって実際の因果構造を推定したものではない。それでも、観察された事実だけを見るのではなく、「なぜ、このような事実が観察されたのか」と問い、その背後にある因果関係を考えることの重要性を伝える題材としては、興味深いものになったと思う。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。この記事が少しでも参考になったら、下のボタンから応援していただけると、とても励みになります。

