出版は、1996年・・・小生、入社5年目の若造であった。TV番組として見たかもしれないがその内容はあまり理解できていなかっただろう。だから記憶にも残っていない。
今から思えば、コンピュータ産業はまだ若かったし、当時は、仕事でPCが一人一台になった頃だった*1。コンピュータ産業は、IBM、マイクロソフトやアップル、その他日本国内の互換機メーカーも含めて元気が良かった。その後の日本メーカーの敗退、IBMのPC事業からの撤退、アップルやマイクロソフトの浮き沈みなどがあり現在に至る。
そのコンピュータ産業の勃興期をまとめたのが本書だ。今後、この続編を順番に読んでいくことになるが、なぜ今、このシリーズを読むのか。それは日本のデジタル産業の低迷の原因を探りたいと思ったからだ。その問題意識を書いたのが以下の記事になる。
本書は、NHKスペシャルの番組を再構成した内容であり、随所に番組で行われたインタビューを入れ込み、当事者に直接語らせるように工夫し、説得力を持たせている。番組を見てから読むと映像では理解できなかった部分が理解できたり、新たな気づきがあったりするところがいい。読んでから再度映像を見るというのもいい。
主役は、当時の巨人IBMではなく、会社設立から始まるマイクロソフトであり、まだ少年のビル・ゲイツだ。ビル・ゲイツをその幼少期から追うことによって、米国でコンピュータ産業がいかに勃興してきたを描いている。新しい産業が勃興する中での当事者たちの苦労、大型コンピュータを牛耳っていたIBMのPC世界での凋落、その他、コンピュータ産業が勃興する際の主人公になり損ねた人々について現地での取材に基づいてまとめられている。
そこで明らかになるのは、アメリカ社会がビジネスを起こすことに積極的な社会であるということ、積極的な人間にはどこか寛容なところがあること、それをビル・ゲイツを通して描いているとも言えるだろう。彼がマイクロソフトを起こし、それを成長させていく過程で次々と押し寄せるチャンスとピンチに全力で取り組みものにしていく過程はまさしくそこを描いている。ビルは常に自分がやりたいことを実現するために努力し、そのチャンスが来た時にはそれをものにすることに全力を挙げた。同じようなチャンスを目の前にした他の人たちもいたが、その人たちがものにできなかったチャンスをビルはものにしていったのだ。
グリーンフィールドにコンピュータ産業という新しいビジネスを自分たちの力で建てるためにどれだけ努力したか。寝食を忘れて働くなどは当たり前で、既存のビジネスを新しいビジネスに変えていくための旧勢力との交渉、業界としての秩序の形成など場合によっては批判されることもあったが、それに怯むことなく自分の目標の実現に向けて直走った。そのことが本書にはまとめられている。この点については、ビル・ゲイツ、スティーブ・ジョブズ、イーロン・マスク・・・みんな似ている。
ちょっと長くなるが、目次を以下に挙げておく。各項目を見るだけでおおよその内容は分かるだろう。一つの産業が勃興し、成長していく様をじっくり読めるのがいい。
- まえがき
- プロローグ パソコンソフト産業の覇権をにぎる男、ビル・ゲイツ
- 第1章 世界最大のソフトウェア企業、マイクロソフト社
- テレビ取材への不信感
- マイクロソフト・キャンパスの1日
- 世界最良のソフトウェア開発のための環境づくり
- 第2章 ビル・ゲイツは、いかにして才能を開花させたか
- レイクサイドスクールの先進的コンピュータ教育
- ビル・ゲイツとコンピューターとの出会い
- ポール・アレンとの熱中コンビ
- シアトル・コンピューター・カンパニーの「バグ出し」
- ソフトウェアビジネスへの胎動
- 最初の会社設立は高校生時代
- 世界初のパソコン発表への二人の反応
- パソコン時代への技術開発
- 世界で初めてのパソコン「アルテア」の開発者
- 人間語と機械語の対照表
- プログラムを自由に書くためのプログラム
- 「アルテア」の機能を代替するプログラム
- エイケン・コンピューターセンターの天才たち
- アルバカーキの最初の一日
- 世界で初めてのパソコン用ソフトが動いた
- ソフトウェア契約の原型
- 第3章 マイクロソフト社の草創期
- 社員三人のマイクロソフト社設立
- 海賊版の出現に激怒
- ホーム・ブリュー・コンピュータークラブのコピー談義
- ソフトウェアは知的所有物だという主張
- マイクロソフト社とMITS社のぎくしゃくした関係
- ルバウ夫人の脇を軽やかに通り過ぎた少年
- ソフトウェアというなの紙を売る少年たち
- 天才たちの面倒いっさいをみる「ルバウ・ママ」
- 理解を超えたライセンス料収入
- アルバカーキを去る日
- 第4章 パソコン産業の黎明期
- 予想外に売れたマイクロコンピューターの組立てキット
- 「デファクトスタンダード」が死命を制する
- 無料で開催したマイコンセミナーは大人気
- 「日本のビル・ゲイツ」は誕生しなかった
- パソコンを作るために大企業から独立
- マイクロソフト社の重役になった日本人
- ハンダゴテ一本を持ってコンピューターづくりに渡米
- 独学でコンピューターを自作した少年
- ガレージで生まれた「アップルⅠ」
- 「アップルⅡ」開発の快挙
- 製造の資金を得て爆発的なヒット商品に
- 第5章 IBMパソコンの誕生とMS-DOS開発
- パソコン開発を決意したIBM
- 定宿は超高級リゾート・ホテル
- 内製品はキーボードと箱だけだった
- OSはコンピューター・システムの鍵
- 秘密保持契約から始まった交渉
- 欠けていたのはOS
- マスコミ泣かせの鬼才はスピードマニア
- すれ違いに終始したライセンス交渉
- OSは「ペンキの塗り替え」で
- 人生はプログラミング三昧で満足
- 一点の曇りもない説明ぶり
- MS-DOSの開発は秘密部屋での突貫作業
- MS-DOSは盗作か
- ハードとソフトの力関係が逆転した瞬間
- 第6章 誰でも使えるコンピュータの登場
- 「ウィンドウズ」とは何か
- ゼロックス研究所で生まれた「GUI」
- 「アルト」はまさしくGUIパソコンだった
- GUI環境を商品化した「マッキントッシュ」
- マイクロソフト社も「ウィンドウズ」を発表
- エピローグ パソコン時代の創造的人間たち
- 先駆者たちの現在
- チャレンジャーを育てるアメリカ社会
- ソフトウェア時代に通用しない日本の教育システム
この前のシリーズである「電子立国日本の自叙伝」では、日本企業が世界市場を舞台に活躍したが、新・電子立国では日本企業や日本人はほとんど出てこない。唯一出てきたのは、アスキーの西さんぐらいとなっている。その違いに日本の電子産業(というか日本経済そのもの)の凋落の原因が隠れていると感じてしまう人はいくらでもいるのではないか。
「電子立国日本の自叙伝」は、あくまでも製造業の話・・・半導体産業は新しかったが、製造業の新たな一部門にすぎない。半導体産業のように既存の分野の中で自分を活かしていくことを考えるのは日本人は得意なのではないか。それが現実になったのが世界レベルでのシェアの獲得であった。それでも絶頂を極めた後はずるずると後退するしかなかったのであるがそれはそれでなぜなのかという疑問につながる。一方、「新・電子立国」で描かれているコンピュータ産業、特にソフトウェアの世界は、製造業とは異なる新しい分野だ。新しい分野を確立するには、これまでの慣習や秩序と戦い、新しいルールを広め、業界を自ら作っていくという起業家精神が必要とされるが、それをもつ日本人がどれほどいるか。本書の中では「日本企業の得意芸とも言える二番手商法が発揮できない世界」と指摘されているが、日本人がソフトウェアの世界で世界と競争するのは今後も無理なのであろうか*2と自問自答する。
コンピュータ(ソフトウェア)産業のような全く新しいビジネスを立ち上げ、業界として成長させていくには、欧米人とは異なる、日本人を特徴づける社会と個人の比重の掛け方の違いが不利に働いたことが一つあると思う。さらにソフトウェアの世界は、ネットワーク効果の働く世界であり、一人勝ちの世界になるため、二番手として日本が追いかける余地はなかったということになろうか。
今の日本を見た時、日本経済を立て直したいのであれば、若い人たちを海外に出すことしかないのではないか。日本以外のビジネスや社会を知ることで若い精神を刺激し、日本にはないビジネスを起こし、一攫千金を目指す人間を育てることだ。
続いて第2巻を読んでみることにする。