日本橋濱町Weblog(日々酔亭)

Quality Economic Analyses Produces Winning Markets

カール・B・フレイ『テクノロジーの世界経済史ービル・ゲイツのパラドックスー』:これからのAI社会の諸課題への対応を考えるヒントをくれる1冊

今の自分の問題意識に近い内容の本だ。自分は、広くは技術(革新)が世の中に及ぼす影響や、技術が社会に受容されていく過程(最近はもっぱら経済成長との関連)に興味があるのだが、その中でも情報通信についての興味が中心だった。

 

本書は、情報通信だけというわけではなく、経済活動において労働の代替や補完となる技術について経済成長との関連で歴史的な視点で整理したものだ。まず本書を読むと、技術と経済の関係は、産業革命前と後では技術の経済への貢献が全く違うことがわかる。そしてイギリスにおいて始まった産業革命はなぜイギリスだったのか、他の大陸ヨーロッパではなかったのかなどが、先人によるこれまでの先行研究を丁寧に読み解くことにより再構成し、分かりやすく解説してくれている*1

iPadの画面 キーボード

AIは日々身近な存在に・・・しかし、その社会経済的インパクトは見えずらい

本書の構成は以下の通り。全部で600ページを超え、はじめに、序論から始まり、全5部、13章から構成されている。非常に良いごたえのある、何度でも繰り返して読みたい内容となっている。

  • はじめに
  • 序論
  • 第1部 大停滞
  • 第1章 産業革命前の技術の歴史
  • 第2章 産業革命前の繁栄
  • 第3章 なぜ機械化は進まなかったのか
  • 第2部 大分岐
  • 第4章 工場の出現
  • 第5章 産業革命と不満分子
  • 第3部 大平等
  • 第6章 大量生産から大衆の中流化へ
  • 第7章 機械化問題の再燃
  • 第8章 中流階級の勝利
  • 第4部 大反転
  • 第9章 中流階級の衰退
  • 第10章 広がる格差
  • 第11章 政治の二極化
  • 第5部 未来
  • 第12章 人工知能
  • 第13章 ゆたかな社会への道

我々はまさしく技術の世紀に生きている。第一部 大停滞の時代において、技術進歩は存在したが、それが経済成長に結びつくことはなかった。それは何故だったのか・・・その辺りの背景から本書はときほぐしていく。第2部では、それが産業革命に結びついた地域とそうでなかった地域の違いを分析し、第3部は大量生産と大衆の中流化によりそれが一気に経済成長を加速した様を映し出す。そして昨今の経済社会の停滞感の背景を第4部で整理して見せ、最後の第5部でこれからのAIの時代がどうなる可能性があるのかを過去の状況を再度振り返りながら見通しを語る。

 

いかに素晴らしい技術であっても、それが社会に受容されなければそれが経済成長に結びつくことはなく、人々の生活も豊かにならない。そして技術が社会に受容されていくとき、そこでは時の権力者たちがどのように行動したかが大きな鍵を握っている。そしてその権力者たちが技術を応援するか排除するかは、その技術が導入されることにより、社会不安がもたらされるか否かによるということだ。

 

経済学的な視点で見ると、その技術が労働との補完的関係にあるのか、代替的な関係にあるのかが一つのポイントになることが歴史的な経緯を整理しながら説明されている。またその技術がもたらす経済的帰結が労働者に対して豊かな生活をもたらすものであったのか否か・・・代替的な技術であっても、新しい職業がそれに代わり生み出されてきたかどうかという点も重要だ。 

The Technology Trap: Capital, Labor, and Power in the Age of Automation

The Technology Trap: Capital, Labor, and Power in the Age of Automation

 

そのような条件が揃ったのが、第2次大戦後の先進諸国を中心とする経済成長の時代であったということが各種の研究成果を引用することにより、説明されている。その説明は説得的だ。そして20世紀の後半になり、先進諸国の経済成長に陰りが見え始めてきたこと、その先にAI等の新しいデジタル技術があり、それが社会への影響を強めている昨今について、改めて技術と社会や経済の関係を整理した後、現在、起こっているAIを中心とする新たな技術革新が近い将来何をもたらす可能性があるのかを見通している。

 

そこではAIがもたらす社会状況は、短期的には必ずしも歓迎されるものではない可能性があることが明らかにされる。そのような時、我々は何をすべきなのか・・・本書を一度読み終えた今、今度はそれを考えながら再読すると本書の価値はさらに上がると思う。

 

ブログランキング・にほんブログ村へ

*1:著者は、謝辞の中で、「もし本書を一つの創作物とみなして頂けるのなら、まちがいなく「組み替え型」の創作物と言えるだろう。」と述べている。社会の動きが複雑化する中で、研究アプローチが細分化し、その貢献を社会課題の中に位置づけ、理解するのが難しい昨今、こういう著作の重要性は今後さらに高まっていくと思う。