日本橋濱町Weblog(日々酔亭)

Quality Economic Analyses Produces Winning Markets

ウォルター・アイザックソン著『イーロン・マスク(上)』:奇跡は起こるべくして起こる

※本ブログおよび掲載記事は、GoogleAmazon楽天市場アフィリエイト広告を利用しています。

購入したのは出版と同時の昨年の8月、それから読み始め途中中断があり、最初から読み直し、やっと読み終わった。上巻だけで450ページ以上ある。それほど濃い人生を送っているということだろうが、そこここで唸りながら読ませてもらった。

An unusual and unpredictable human being ... Elon Musk.

普通じゃない、突拍子もない人間・・・イーロン・マスク

巷の評では、Apple創業者のステーブ・ジョブズと比較されることが多い。自分もジョブズの伝記を読んでいたので、気づくとそれを思い出しながら、比較しながら読み進めていた。マスクとジョブズ、似ている点とそもそもが違う点とある。

似ている点としては、考えに考え抜いて自分の考えを押し通すところや無理なことを平気でいうところ、そして部下に対する評価がはっきりしているところだ。違う点は、ビジネスを考えるそもそもの視点だ。ジョブズはあくまでもPCがその出発点。技術(PC)と芸術(人間)の交点で新しいビジネスを考えていた。マスクは、その出発点が環境問題や人類の将来という社会的課題になっている。電気自動車、ロケットのどちらもそこから出ている。その派生がスターリンクやボーリングになる。

さらにマスクの特徴として新しい分野に取り組む時は、自分自身で基礎から応用まで全て理解するところだろう。第36章に「マスクがジョブズと違うのは、製品のデザインに加え、それを支える科学や工学、生産にまで強迫的な接し方をする点だ」と書いてある通りだ。その上で、リスクやコストを最小化し、残されたリスクを自分たちで負えるレベルにあるかをシビアに判断する。その際、既存の業界慣習や規制がビジネスを妨げるものと判断されるならば躊躇なく除去しようとする。リスクは乗り越えるものとして位置付けられる。決して一か八かの世界ではないのがマスクのビジネスだ。だから奇跡は起こるべくして起こる。まぐれではないということになる。

マスクは目的に向かってまっすぐシンプルにビジネスを考える。その際、ビジネスの障壁になる世の中の規範や規制などは考慮しない。その結果、自動車産業や宇宙産業のリストラ、リエンジニアリングになる。ジョブズの立ち位置は、PCの黎明期からその先頭を走ってきたことから、新しいものを作るので業界そのものや業界秩序を自分で構築するところが事業成功のポイントになった。iTunesの時が典型的だ。

上巻だけで51章に上る構成だ。これをビジネスを中心に分けてみたのが以下の並べ替えだ。以下、順番に見ていく(結果的に意味ある分類にはならなかった・・・ようだ)。

  • 南アフリカ時代
  • マスクの人となり
  • イノベーターへの道
  • イノベーター①:火星(宇宙事業)への挑戦
  • イノベーター②:環境問題(電気自動車)への取組み

マスクのビジネスのやり方の根っこにあるのは南アフリカでの経験が大きく影響していると読める。ベルドスクールや学校での経験、父親との関係など様々な苦しさが彼の根っこにはある。行動しないとやられる、自分が動かないと何も実現できない、実現するためには耐えなければいけない・・・そんな幼少期から思春期を過ごしたのではなかろうか。学校の成績はそれほどでもなかったが、SF好きとコンピュータへの関心は頭抜けていた。それが南アフリカ時代のマスクだ。

その行動力は、南アフリカを脱出した後も存分に発揮される。カナダ、米国での大学時代のいろいろな体験、自分の結婚、相変わらずの父親との関係など人間関係は決してうまく行っていない。南アフリカ時代の経験も含めて人間関係がうまく行っていなかったことがマスクのビジネスに対する姿勢を形作っていったのではなかろうか。

  • マスクの人となり
  • 第6章 カナダ(1989年)
  • 第7章 クィーンズ大学 オンタリオ州キングストン(1990〜1991年)
  • 第8章 ペンシルバニア大学 フィラデルフィア(1992〜1994年)
  • 第11章 ジャスティン パロアルト(1990年代)
  • 第16章 父と息子 ロサンゼルス(2002年)
  • 第26章 離婚(2008年)
  • 第27章 タルラ(2008年)
  • 第35章 タルラと結婚(2010年9月)
  • 第39章 タルラのジェットコースター(2012〜2016年)
  • 第44章 苦難の人間関係(2016〜2017年)
  • 第49章 グライムス(2018年)

マスクがビジネスの世界で飛躍する一つのきっかけがこの時期だ。インターネットが商用化され誰でもが使えるようになった時、マスクもそこに可能性を見た1人だった。それが1990年代後半の出来事だ。ここで本格的にビジネスに取り組み始める。

  • イノベーターへの道
  • 第9章 西へ シリコンバレー(1994〜1995年)
  • 第10章 Zips2 パロアルト(1995〜1999年)
  • 第12章 Xドットコム パロアルト(1999〜2000年)
  • 第13章 クーデター ペイパル*1(2000年9月)

宇宙事業では、それまでは「ロケットやエンジン、衛星の開発といったプロジェクトは政府が管理し、何をどうするか、細かの仕様を定める」*2ため、コスト削減やイノベーションを妨げてしまうとし、「固定価格契約(実費精算契約)」から「自己の資本でプロジェクトを進め、一定の成果を挙げたとき初めて支払いを受ける」新しい入札方式を示し、新しい方式で民間企業が請け負うことで宇宙事業を大きく転換させてしまう*3。このような形でやれば自然とコスト削減とイノベーションは起こることを実践する。なぜそうしたかといえば、そうしないと火星へ人を送り込むロケット開発が可能にならないからだ。リスクをとって事業を進める。失敗してもタダでは起きない。リスクを計算し必ず改善して前に進む。その繰り返しの先に成功がある。

  • イノベーター①:火星(宇宙事業)への挑戦
  • 第14章 火星 スペースX(2001年)
  • 第15章 ロケット開発に乗り出す スペースX(2002年)
  • 第17章 回転を上げる スペースX(2002年)
  • 第18章 ロケット建造のマスク流ルール スペースX(2002〜2003年)
  • 第19章 マスク、ワシントンへ行く スペースX
  • 第22章 クワジュ スペースX(2005〜2006年)
  • 第23章 ツーストライク クワジュ(2006〜2007年)
  • 第28章 スリーストライク クワジュ(2008年8月3日)
  • 第29章 崖っぷち テスラ、スペースX(2008年)
  • 第30章 4回目の打ち上げ クワジュ(2008年8〜9月)
  • 第33章 民間による宇宙開発 スペースX(2009〜2010年)
  • 第34章 ファルコン9、リフトオフ ケープカナベラル(2010年)
  • 第37章 マスクとベゾス スペースX(2013〜2014年)
  • 第38章 ファルコン、鷹匠に従う スペースX(2014〜2015年)

そしてテスラ、電気自動車への取り組みだ。ここでもコストとリスクの計算と問題点の把握、それに対する解決策を考える姿勢は徹底している。ジョブズは、製造の上位にデザイン部門を置くことによりイノベーションを可能にしたが、それはマスクも似ている。マスクの場合は生産に関するアルゴリズムと呼ばれる5つの戒律だ*4

  • 第1戒:要件はすべて疑え。
  • 第2戒:部品や工程はできる限り減らせ。
  • 第3戒:シンプルに最適にしろ。
  • 第4戒:サイクルタイムを短くしろ。
  • 第5戒:自動化しろ。

このアルゴリズムを前提にすると、技術系管理職は実戦経験を積まなければならないことになる。ソフトウエアのマネージャーはコーディングをしなければならないし、ソーラールーフのマネージャーは自ら屋根に上って設置作業をする等々だ。実際を知ることにより自らの仕事をより高み(ユーザの立場)に据えるように仕組まれている。

  • イノベーター②:環境問題(電気自動車)への取組み
  • 第20章 創業者そろい踏み テスラ(2003〜2004年)
  • 第21章 ロードスター テスラ(2004〜2006年)
  • 第24章 SWATチーム テスラ(2006〜2008年)
  • 第25章 ハンドルを握る テスラ(2007〜2008年)
  • 第31章 テスラを救う(2008年12月)
  • 第32章 モデルS テスラ(2009年)
  • 第36章 生産 テスラ(2010〜2013年)
  • 第40章 人工知能 Open AI(2012〜2015年)
  • 第41章 オートパイロットの導入 テスラ(2014〜2016年)
  • 第42章 ソーラー テスラエナジー(2004〜2016年)
  • 第43章 ザ・ボーリング・カンパニー(2016年)
  • 第45章 闇に沈む(2017年)
  • 第46章 フリーモント工場の地獄 テスラ(2018年)
  • 第47章 オープンループ警報(2018年)
  • 第48章 落下(2018年)
  • 第50章 上海 テスラ(2015〜2019年)
  • 第51章 サイバートラック テスラ(2018〜2019年)

上巻を読むと、マスクはアスペルガー症候群である等々でいろいろ言われるし、実際、問題も起こしているかもしれないが、彼のような才能と思いと意志を持つものでないとこれほどイノベーションを起こすことはできないだろうことが分かる。現実歪曲フィールドもイノベーションを起こすためには必要な技なのだ。そういう彼と一緒に働きたいかと問われれば、正気の世界では尻込みするだろうが、現実歪曲フィールドに引き込まれれば率先して参加するかもしれない。

マスクや彼の仲間の取り組みに比べて日本のバブル期以降(今も続いている)の失われた年月の企業のリスクへの取り組みはどんなものであったろうか。そもそもリスクを徹底的に検討し、最小化してその上でリスクを取るようなチャレンジをした企業がどれだけあっただろうか。リスクを博打と同等とみなして、リスクを最小化する努力をしてこなかったのではなかったか。だから企業から新しいイノベーションも生まれない、社会改革もできないという国になったのではないか・・・などということを考えてしまうのだった。

下巻では、引き続き、テスラ、スペースXでの取り組みが明らかにされ、さらにスターリンクや旧twitterの話が出てくる。そこでは上巻とは違うマスク、いろいろな経験を経て変化したマスクが何かしら描かれているのかどうかが気になるところ。

ブログランキング・にほんブログ村へ

PVアクセスランキング にほんブログ村

*1:

mnoguti.hatenablog.com

*2:本書P183「固定価格契約」からの抜粋。

*3:シンクタンクに勤務していた時は、固定価格契約にしてもらうことを切望していたことを思い出す。実は考えてみると、固定価格契約というよりは成果に見合った代金を支払ってもらえればそれでよかったのかもしれない。そうすれば質を向上させるインセンティブにもなり実際アウトプットは向上したであろう。しかしそういうプロジェクトは皆無だったのが現実。クライアントにそこを評価できる人材がいなかったからだ。多くは最初に予算ありきで予算以上の仕様(人日)が定められていた。

*4:本書P410「アルゴリズム」を参照。