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新・電子立国、やっと第2巻を読了した。この古い本を今なぜ読んでいるのか、そもそもの問題意識はこちら。
マイナカードのあと、最近もIT業界はあまり嬉しくないニュースで賑わっている。記憶に新しいところでは、全銀システムのトラブル*1とか、人為的なものだが、顧客情報の不正持ち出し*2とかが起こっている。
半導体で一時世界を制覇してから、その後はピリッとしない状況が続いている。日本の電子産業はなぜそこまで凋落したのか、その謎を解明したくてまずは歴史からもう一度勉強し直すということで読み始めたのが、新・電子立国だった。第1巻では、マイクロソフトやその創設者ビルゲイツを中心にコンピュータ産業の勃興期を描いている。
一部転載すると・・・「グリーンフィールドにコンピュータ産業という新しいビジネスを自分たちの力で建てるためにどれだけ努力したか。寝食を忘れて働くなどは当たり前で、既存のビジネスを新しいビジネスに変えていくための旧勢力との交渉、業界としての秩序の形成など場合によっては批判されることもあったが、それに怯むことなく自分の目標の実現に向けて直走った」様子が現地取材で再現しながら、裏をとりながら取りまとめられている。そこから推測できることは「「新・電子立国」で描かれているコンピュータ産業、特にソフトウェアの世界は、製造業とは異なる新しい分野だ。新しい分野を確立するには、これまでの慣習や秩序と戦い、新しいルールを広め、業界を自ら作っていくという起業家精神が必要とされるが、それをもつ日本人がどれほどいるか」ということでその辺りに日本企業の弱点があるのではないかと書いている。
さて、続きの第2巻だが、目次は以下の通り。例によって長いが書き出しておこう。
- 第1章 電気炊飯器のソフトを開発した女性研究者たち
- ソフトウエアを内蔵した現代の生活機器と産業機器
- 炊飯器は、毎日使うマイコン・マシーン
- 自社・他社の製品がずらりと並んだ、メーカーの会議室
- 記憶装置と"計算機"が入っている黒い塊
- 5000の命令を100分の1秒ごとに実行する
- 炊飯器のプログラムはA4判・150ページに及ぶ
- 炊飯ノウハウは、プログラムの約1割
- パソコンがある、台所のような実験室
- パソコンにつながっている炊飯器
- 開発完了までに1700回の炊飯と、3トンの米が・・・
- 汗の結晶は、1000パターンのデータ
- モデルに使用するのは、最も人気の高い銘柄米
- "ご飯という作品"を評価し合う
- 炊き上がりは"私たちの味"
- 第2章 放電加工とNC工作機械をあやつるコンピュータ制御装置
- 金型は"工業製品の母"
- 自動車部品の放電加工・成形工場
- 30年間に60倍に成長した金型産業
- すべてが廃物利用の放電加工実験装置
- 数ミクロン単位を手で制御した「人間サーボ」
- 複雑に捩れた円錐状にも加工できる
- ソフトづくりでは"お客様は神様"が真髄
- ユーザー・マインドな思想の実践
- 第3章 東南アジアに展開する自動刺繍ミシン事業
- 日本が世界シェア85%の多頭式刺繍ミシン
- バンコクのコンピューター刺繍工場
- 行商から服飾メーカーへ転身を図った男の秘策
- 運命を変えた自動刺繍ミシン製造への転向
- 日本製もアメリカ製も、ベトナムにあった
- 金の指輪6個で買い取った自動刺繍機
- 刺繍機のソフトウェアはジャカード・カード
- 「穴情報」によって制御されるジャカード装置
- プログラム用紙のテープの先祖は糸目情報
- 自動色替え装置による一大飛躍
- 世界初のコンピューター制御多頭式刺繍ミシン
- 後発メーカーは日本の刺繍機製造をおびやかすか?
- 第4章 自動車エンジ制御の二律背反
- 現代の車は"エレクトロニクス製品"
- 四つの機能が統合されたシステム・オン・チップ
- エンジン制御の重要なポイントは何か?
- デトロイトが再び世界をリードする究極の方法
- 世界初の「コンピュータによるエンジン制御」実用化
- 排気ガス浄化と燃費・走行性能のバランス
- ミニコンピュータで繰り返された実験
- 世界的な自動車メーカーからのプロポーザル要請
- 明確な答えを避け通したフォード社
- アドバンスト・エンジン・コントロール
- 「ロッカーサイズのコンピューターを小さく」に開発費はゼロ
- 第5章 自動車エンジンの電子化推進プロジェクト
- 「マルFプロジェクト」は覆面部隊
- 数千の部品がハンダづけされたプリント基盤
- 日米双方の24時間をフルに使う
- 「エンジン始動せず」に、「大丈夫」の声が震えた
- ブレッドボードで自動車が動いた
- 内緒で回路変更をしてチップを納入
- 先端技術の頂点に立った12ビッド・マイコン
- トランクを開けてエンジンを修理?
- 再び、鶴の一声で生き返った開発プロジェクト
- 自動車マンたちは電子装置に懐疑的だった
- アリゾナ砂漠の最終テストで正式採用に
- 日本製ユニットはアメリカ経由で日本車に流れ込んだ
- 日本企業の技術革新加担対する疎ましさ
- 第6章 自動車エンジンのソフトウェア開発と格闘した男たち
- 復元政策も実地走行もオーケーが出た
- 「理論混合比」を実現するアナログ電子機器
- 排ガス規制対策用電子装置の開発製造
- トレーニング・キッドでエンジン始動
- 快調モードと不調モードはキーボード操作で
- ディジタル装置の大きな可能性
- エンジン制御のソフトは黒い紙テープ
- プログラムの点検と修正を繰り返した日々
- 電磁ノイズによるコンピュータの勘違い
- マイコン検知情報から制御値を選ぶ
- 電子屋が、エンジン屋の聖域に手を伸ばす
- マイコンによる排気ガス対策の真髄とは?
- 寒波と地吹雪のなかの耐寒テスト再現
- 日本初のマイコン制御自動車、誕生
第2巻は、マイコン・マシーンの時代ということで、現代の言葉に変えれば、Computer of Things(CoT)、最初のデジタルトランスフォーメーションの時代ということになろうか。取り上げられている内容は組み込みソフトウェアの話で、炊飯器で家電のデジタル化、金型産業で製造業のデジタル化、刺繍用ミシンで産業用機械のデジタル化、そして最後に日本経済を支える自動車産業のデジタル化だ。
これらの産業は、第1巻で取り上げたれたコンピュータ産業という新しい産業を立ち上げるのとは異なり、既存産業へのコンピュータ技術の応用ということになる。在るものをさらに磨き上げる、新しい技術で生産性を高めるということで従来から言われてきた日本の強みを発揮できる分野ということになる。
この時代、経済成長により生活水準が向上し、人はより一段高い生活を目指す一方、オイルショックや公害があり、産業のあり方に大きく転換を強いられた時代であった。そのような世の中の動きが当時のデジタルトランスフォーメーションを後押しすることになり、日本企業はそれを活かして市場を席巻していったと言える*3。
本書第2巻を読むと、日本人、特に現場の人間が優秀であったことが描かれている。炊飯器にしろ、金型にしろ、刺繍用ミシンにしろ、自動車にしろ現場の社員が必死に取り組んで実現してきたことだ。そこに経営者の姿はあまり出てこない。経営者が出てくるのは、東芝が自動車の電子化を進める際に当時の社長土光さんが後押ししたところぐらいだろう。
既存産業のDXであったということもあり、トップがガンガン引っ張るようなことではないと言えるかもしれない。見方を変えれば、こういうDXでないと日本企業は力を発揮できないのだと考えられないだろうか。この手の経営に経営者の力はあまり必要ないということだ。第1巻で描かれた新しい産業を立ち上げるためには、経営トップが先頭に立って動かないと実現できないだろうが、既存産業のDXは現場で対応できる。経営者はそれを邪魔しないようにするだけだ。ビジネスを立ち上げ成長させるという視点から見た時の第1巻と第2巻の違いが日本の電子産業が凋落した要因が何かを物語っているのだ。経営者の違い・・・これに尽きる。米国は、若い時からビジネスを立ち上げることを目標にやってきた人間が自ら経営者になり市場を開拓する。日本は、たたき上げの社員の最後の勝者が社長となり、4年か5年で交代していく*4。その差が決定的だったと思える。だから日本でも創業者が社長を長く勤める企業はちょっと違う。
日本の電子産業を形成する企業群にそういう企業は皆無であろう。この業界は、経営者のレベルで新しい人材が必要とされている*5。あるいは企業の体質そのものを変える必要がある。昨今のジョブ型雇用の導入もそういう視点で考えるとその意義が分かる。そのためには競争を活発にすることであり、参入と退出をしやすくすることだ。だから規制改革≒競争促進ということなる。しかし、それは簡単に実現できるものではない。若い経営者たちで可能性のある人たちが出てきていることも確かだが、その人たちが日本経済を代表するようになるにはまだ10年以上かかるだろう。日本経済はそれまで耐えられるのか?
さて、本書の中で日本にもまだ芽があるかと思わせてくれたのは、最後に出てくる、デジタル化による性能の向上は、優秀なハードウェアがあってこそ実現されるという事実だ。つまり、ものづくりは、電子産業の時代になっても重要だということを言っている。ものづくりが得意と言われる日本企業にもまだチャンスはあるかもしれないが、それを実現するためには、ものづくりの人たち、経営者のソフトウェアに対する理解が必要なのだ*6。どうだろうか?
*1:
*2:
*4:社内で出世していくためには無理なことをしてマイナス評価をもらうことは避け、無難に評価してもらえることをやりがちだ。典型的なのは、新製品を開発し、世に出すより、既存製品やサービスのコスト削減をして、利益を出す施策。そういう社内環境で育ってきた人間が社長になっていきなり新しい業界を作るようなことはできないだろう。日本型の企業は元から時間と共に衰退していく運命にあったのだ。
*5:もしかしたらと思うのは、中小企業の存在だ。今、事業継続が課題になっている日本の中小企業は多いが、そこに新しい経営者が入ることによって生まれ変わり、ビジネスのやり方そのものを改革して、中小企業から日本の産業を変えていける可能性・・・は、ないだろうか。
*6:第3章に以下の記述がある。
「日本のメーカーがコンピューター化を果たした後も、欧米のメーカーの多くがジャカード式の刺繍ミシンをつくり続け、市場の多くを日本に奪われた。産業革命以来、得意中の得意だった機械制御にこだわったのである。"得意芸が身を滅ぼす"見本であった。今は世界を制している日本も、その得意芸にこだわって安住し、新技術に目をつぶれば必ず衰退するに違いない。」(本文147ページ)
この記述を読んだとき、多くの人はクリステンセンのイノベーターのジレンマを思い出したのではなかろうか。
さらに、世界を席巻したこともある半導体について、昨今、それが戦略物資だと言って官民あげて再投資するのはどうか。今更、再投資しして戦略物資としての役割を果たせるのか、あるいは昔のように市場シェアを挽回できるのであろうか。今から将来を考えた時、投資すべき技術は他にあるのではないか?ここもこれまでの経緯を一度整理した方がいいみたいだ。