日本橋濱町Weblog(日々酔亭)

Quality Economic Analyses Produces Winning Markets

福岡伸一:生物と無生物のあいだ

2007年の話題の図書の一冊・・・「生物と無生物のあいだ」。

著者の体験から語られる、砂浜の貝殻と石ころの違い、野口英世の業績とはなんだったのか・・・から、DNA発見の顛末とそこにあったいくつかのドラマ、学者が業績を上げるときの生みの苦しみ、そして他者との競争によるプレッシャー・・・さまざまな逸話を絡めながら、生物と無生物の違いを、生命とは何かについて著者は語っていく。

文体もやわらかく非常に読みやすい。

全286ページで最近の新書では読み応えのある厚さであり、実際に内容も非常に盛りだくさんだ。だからと言ってテーマが発散しているわけではなく、書名について語られているのはもちろん、それに関する様々な物語を絡め、物語は進んでいく。全体は15章立てになっており、具体的な内容は以下のとおり。

  • プロローグ
  • 第一章 ヨークアベニュー、66丁目、ニューヨーク
  • 第二章 アンサング・ヒーロー
  • 第三章 フォー・レター・ワード
  • 第四章 シャルガフのパズル
  • 第五章 サーファー・ゲッツ・ノーベルプライズ
  • 第六章 ダークサイト・オブ・DNA
  • 第七章 チャンスは、準備された心に降り立つ
  • 第八章 原子が秩序を生み出すとき
  • 第九章 動的平衡とは何か
  • 第十章 タンパク質のかすかな口づけ
  • 第十一章 内部の内部は外部である
  • 第十二章 細胞膜のダイナミズム
  • 第十三章 膜にかたちを与えるもの
  • 第十四章 数・タイミング・ノックアウト
  • 第十五章 時間という名の解けない折り紙
  • エピローグ

生物・・・生命とは何かを考える際のキーワード・・・「動的平衡」・・・これが直接解説される第九章は本書の中でも大切な章だ。そこでは生命とは何かについて直接語られている。自分で印象に残った文章を引用してみよう。

生命とは要素が集合してできた構成物ではなく、要素の流れがもたらすところの効果なのである。(154ページ7行目)

生命とは要素の流れがもたらすところの効果!・・・う〜んっと唸ってしまうような内容だ。さらに少々長いが引用すると・・・

肉体というものについて、私たちは自らの感覚として、外界と隔てられた個物としての実体があるように感じている。しかし、分子のレベルではその実感はまったく担保されていない。私たち生命体は、たまたまそこに密度が高まっている分子のゆるい「淀み」でしかない。しかも、それは高速で入れ替わっている。この流れ自体が「生きている」ということであり、常に分子を外部から与えないと、出ていく分子との収支が合わなくなる。(163ページ4行目)

われわれ生命体は絶えず分子のレベルでは新陳代謝が繰り返され、すべての細胞は短期間で入れ替わってしまう。数日前にあった彼女と今目の前にいる彼女はまったくの別人だ・・・分子のレベルでは。そして分子の入りと出のバランスが崩れるとわれわれの生命は危ういことになる。ちょっと想像を膨らませるだけで頭がクラクラする。

その後、さらに生命の謎を解明すべく続けられた研究について著者は語り、本書の最終局面では、生命を考える際に重要なもう一つの因子を明らかにする・・・それは「時間」。

生物・・・生命を考えるにあたって不可逆な流れ・・・時間を考えることの大切さを指摘し、本書は終わる・・・「結局、私たちが明らかにできたことは、生命を機械的に、操作的に扱うことの不可能性だったのである。」(272ページ3行目)

本書は生物、生命について書かれたものだが、この中で書かれていることを社会や経済活動に応用して考えたら、何が見えてくるのだろうか・・・と思った。

久々に面白い一冊だった。