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司馬遼太郎:「昭和」という国家

「明治」という国家に引き続き、読んでみた。

語られているのは、昭和元年から昭和20年までの軍部の台頭が激しく、日本が一番惨めだった時代だ。

司馬さんはしかしこの時代のことを語ることにより、明治維新以降作られてきた日本という国の限界がどこにあったかを明らかにする。よって内容は昭和前期のあの暗黒時代の現象面を捉え、それがどうして出てきたかを明治維新にまでさかのぼって明らかにしていく。

4140018569 「昭和」という国家 (NHKブックス)
司馬 遼太郎
日本放送出版協会  1999-03

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明治維新を可能にしたのは江戸時代の存在だった。明治時代の国家建設はその江戸時代の遺産を土台にしながらも、欧米、特にドイツの制度を中心に導入しつつ、その建設を進めた。

一方、明治時代は日本国としての統一を求めたため、江戸時代にあった多様性を軽視、あるいは無視することになる。これが結果として、国家運営、企業経営等組織運営の柔軟性を奪い、硬直した、特殊化した昭和の日本(客観化、相対化ができない日本)を作り出したと、理解できる(当然、他にも要因はあった)。

欧米に追いつかなければいけないという強迫観念が国家建設に無理を強い、結果としてさまざまな欠点を内包したまま、昭和を迎えてしまいそれがあの忌まわしい時代となって出てきてしまったということか。

司馬さんは言う、偏差値で能力が測られる現代の教育制度、その延長線上にある就職の機会・・・はたしてこれでよいのだろうかと。

江戸時代の多様性と明治時代(日露戦争まで)において国家建設に勤しんだ人々の精神性や文化等、社会的背景の再評価をし、現代を見直してみたら平成の世の中はどのように見えるのであろうかということを司馬さんは問うているのかと思う。


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