先に読んだ、「テクノロジーの世界経済史」は、自分にとって刺激的な内容であった。以前より不思議に思っていた経済成長への離陸がどうして可能になったのか、それが明確に語られていたからだ。
mnoguti.hatenablog.comそしてその謎について経済学はどのように対峙してきたのか、また経済成長が実現するメカニズムはどのようなものなのか、そのあたりが次に気になるわけだが、それについては「ポール・ローマーと経済成長の謎」が経済学説史的な取りまとめ方で整理してある。今回はこちらを読了した。
mnoguti.hatenablog.comポール・ローマーは、経済成長の原動力としての知識の役割、知識経済のメカニズムに注目し、理論的に明らかにした(内生的技術革新)。本書は、経済成長においける知識の役割やその周辺の経済成長理論の発展の系譜が人物の動向とともに整理されている。ポール・ローマーと彼の貢献のことだけが書いてあるわけではなく、とても興味深い内容として読める1冊だ。
学術書というよりはビジネス書というか読み物仕立てになっているので、経済学の学部程度の知識があれば内容を理解するには十分だ。これからの経済成長についてより専門的に考えてみたければ、先の「テクノロジーの世界経済史」とともに参考文献にある論文を丁寧にあさっていけばよいだろう。
本書の章立ては以下の通り。2部構成になっていて、第1部は経済成長論を中心に理論の発展の歴史をそれにかかわった人物を中心にまとめられている。多くの経済学者が出てきて、どのような貢献があったのか、あるいはいくつかの学派の存在と立ち位置、それらの貢献などが語られている。
- はじめに
- 序章
- 第Ⅰ部
- 第1章 専門分野としての経済学
- 第2章 「理論は、正しい継ぎ目で切り分ける方法を教えてくれる」
- 第3章 モデルとは何か? どう機能するか?
- 第4章 見えざる手とピン工場
- 第5章 経済学は陰鬱な科学か?
- 第6章 地下水
- 第7章 スピルオーバー
- 第8章 ケインズ革命と経済学の現代化
- 第9章 数学は言語である
- 第10章 経済学のハイテク化
- 第11章 ソロー残差
- 第12章 無限次元スプレッドシート
- 第13章 経済学はロケット・サイエンス、「モデル」は動詞
- 第Ⅱ部
- 第14章 新しい出発
- 第15章 馬鹿げてる!
- 第16章 ハイドパーク
- 第17章 Uターン
- 第18章 キーボード、都市、世界
- 第19章 再結合
- 第20章 クレイジーな説明
- 第21章 スキーリストの経済学
- 第22章 内生的技術変化
- 第23章 推測と反論
- 第24章 光熱費の歴史
- 第25章 究極のピン工場
- 第26章 見えざる革命
- 第27章 経済学を教える
- 結び
第2部はローマーの貢献を中心に知識経済と経済成長の関係について述べられている。出版年が2007年であり、それ以降の動向は本書では扱われていないが、そこについては、前述の「テクノロジーの世界経済史」でカバーできるのではないかと思う。
キーワードは収穫逓増なのだが、収穫逓増を視野に入れると、凸性の条件を緩める必要があり、そのような状況では一般均衡が成り立たなくなる。そのため経済学の中心的課題として議論されることがなかったのだ(と自分は理解した)が、そのその課題に挑んだのが、ローマーの知識経済の理論だった。
知識の特徴は、非競合性と排除不可能性にあることが述べられ、私的財とはもちろん違い、公共財とも違う新しい財として非競合財として位置づけられる。それはクラブ財にも近いものであり、最終的に内生的技術進歩を実現する財としてまとめられる。
GAFAやBATの台頭に特徴付けられるデータ経済は、知識経済を誰の目にも分かるように顕在化したと言えないだろうか。そしてそこで表れている経済的帰結は、収穫逓増現象から導かれる内容であり、市場メカニズムの限界であり、これまでのように適切な介入がある程度必要であろうことを推測させる。
Knowledge and the Wealth of Nations: A Story of Economic Discovery (English Edition)
- 作者:Warsh, David
- 発売日: 2007/05/17
- メディア: Kindle版
経済成長のエンジンは時代とともに変化してきた。その役割がいよいよ知識、データ経済に回ってきたということだ。そのデータ経済を実現するインフラとして、AI・クラウド・IoTは必須であり、しかしそれだけでは十分でなく、実際のデータをいかに収集し活用するかがポイントになるということだろう。これまでの機械からソフトやデータそのものが付加価値の源泉となる時代が始まるということか。情報社会論として1960年代後半からさまざまな学者が議論してきた情報化が現実のものとして、これからの新しい時代の成長のエンジンとして我々は制御していかなくてはならない。
ローマーから始まる知識経済による新たな経済成長の議論は、経済学において1990年代にかけて盛り上がり今はそれが一応の区切りがついている状況と考えてよいのだろうか。仮にそうだとしても、それが現実の世界でさまざまな課題を引き起こしてきたのは最近のことであり、そのメカニズムは収穫逓増がキーワードであることも確かだろうが、そのメカニズムまでは関心が払われてこなかったのではないか。これからは経済政策や産業政策をどのように組み立てるか、応用面においての議論が活発化していくのではないか、そのためには価値創出のメカニズムを明らかにする必要があると考えるのは当然の流れであろう。