日本橋濱町Weblog(日々酔亭)

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指導者のとしての高校野球

自分の現役生活が終わって大学に進学し、4年生のころだったと思うが、高校でコーチ業をしていたことがある。

大学が終わってから高校に行って3時間ぐらいの練習に付き合うわけだけれど、このときの経験も今となっては大きなものだった。またいまだに後悔する思い出もある。

教える立場にたってよく分かったのは、高校野球は、同じような力のチーム同士であえれば、8割は監督の力量で試合はきまるということだ。選手達がもちろん主役だが、その彼らの力を存分に発揮できるように気配りをし、環境を整えてやることが監督の仕事であり、それが上手い監督は試合運びも上手いので、選手も存分に力を発揮することになる。結果として、いい試合をして勝つことになる。

一方で監督の能力が高くかつ個々の選手のレベルが高くても強くならないチームがある。そういうチームは大方チームメート同士で他のチームメートの悪口や陰口をかわしている場合がおおい。強いチームのときは、互いに気に入らないチームメートがいても絶対に個人攻撃になるような発言はしない。ひとつにまとまっている。こればっかりは、こちらから注意しても、直るようなものではない。なかなか難しいことだ。