日本橋濱町Weblog(日々酔亭)

Quality Economic Analyses Produces Winning Markets

【長文】携帯電話の料金、プレステ5の転売・・・ビジネスがやりにくい日本市場

料金(価格)水準は市場が決める。その水準を市場の外部から強制的に変更させることは無理がある。短期的には変更することができたとしても、長期的には市場メカニズムが調整機能を果たし、あるべき水準に落ち着く・・・こう考えるのが普通だ。そして実際そうなるだろう。

 

ユーザの立場にたてば、支払額は少しでも安い方がいいに決まっている。それは携帯電話料金に限らない。だから、アンケート調査で「高いと思いますか」とか「下げて欲しいですか」などと聞けば答えは決まっている。そんな結果を出し、自分の言い分の正当性を主張するのは意味がない。それよりも大切な事実は、数ある商品の中から皆が高いと言っている料金でその商品を購入しているということだ。利用者はそれだけのメリットをその商品から得ているのだ。

官邸vs携帯大手 値下げを巡る1000日戦争

官邸vs携帯大手 値下げを巡る1000日戦争

  • 作者:堀越功
  • 発売日: 2020/10/08
  • メディア: 単行本
 

通信会社から見れば、それだけ価値のあるサービスを提供できているということだ。高すぎると言われて困った顔をすることはない。実際、たくさんのユーザがその料金を払い、使ってくれている。自分たちのサービスがそれだけ素晴らしいから、ユーザが購入してくれているのだ。ビジネスをやる者からすればこんなに嬉しいことはないだろう。

みんな メリット 大きい スマホ 価値

みんなが享受しているメリットは計り知れない・・・スマホの価値

仮に料金が高すぎれば(余分に利益を上げていれば)、そこにはもっと低い料金で(その利益を狙って)新たな参入者が入ってくる。逆に低すぎれば(安すぎる料金ならば)、事業の継続が困難となり、いくつかの企業は市場から出ていくだろう。通信会社やユーザに、そういう選択の自由、行動の自由があることがポイントだ。

仮にそのような選択の自由、行動の自由が妨げられる何か、市場メカニズム(競争)が機能することを阻害する何かしらの要因があれば、それは排除する必要があるが、それを見守るのは、日本の場合は、公正取引委員会であり、総務省であろう。

ポイントはその市場での活動の自由、選択の自由が確保されているかどうかだ。実際、国内の携帯電話市場には複数の通信会社が参入し、かつ、各会社の中でもサービスに選択肢があり、ユーザは自分の懐具合と使いたいサービスを比較しながら選択できるようになっている。

しかし、携帯電話はそこに一つ難しい問題がある。商売をするのに必要な電波は自由に使えない。公的部門が管理しており、そこから借りなければならないから「自由に」というところが制約を受ける。そこをどう手当てして自由を確保するかが政策担当者としての腕の見せ所だ。その他にも自由が阻害される状況はいろいろある。

 

仮に料金が高止まりしているということであれば、その原因を特定することがまず実施されるべきことだ*1。電波利用の自由度を高める、サービスを乗り換える際の手続きをシンプルにする、受益者負担の原則を徹底するなどの点がすぐに挙げられる。政策課題としてはこれらの点を除去することになる*2。直接、料金を下げろということにはならない。料金はあくまでも市場取引の結果として決められる。

 

今回の場合、その後、値下げを指示したわけではないとか、方向を示しただけだとか言っていたが、やはり立場のある人がそういう声をあげるというのはその影響を考えるべきだと思う。市場外から価格や利益に介入するということは、ビジネスをやっている者からすると、あのような口先介入がたびたび行われるこの市場ではまともなビジネスができないというシグナルとして受け取られる。日本の市場ではまともなビジネスができないと受け取られても良いのであろうか。またそういう市場で普段ビジネスをしている企業がグローバル市場でまともに競走できるのだろうか・・・と思うのは考えすぎか。

ビジネス 儲けると怒られる

儲けると怒られる・・・ビジネスやりずらいよね

そういう歪んだ市場、あるいは市場感があるからだろうか。今回のプレステ5の転売の話はやはり日本の国内市場の特異性を垣間見せた出来事と言えるのではないだろうか。

Sonyはもっと高く売ってよかったのに、売らなかった・・・と見える*3。今回の件は後から振り返ると違う側面が見えてくるのかもしれないが、瞬間的に見ると、自分で得られる(あるいは株主に還元できる)利益を放棄して、転売屋に儲けさせるという行為に見える。売り上げを大きくし、利益を大きくするためにはもっと価格と数量の両者の関係で見る必要があるが、今回の販売数量ならもっと高く売るべきだったのではないか。それだと購入できない人がたくさん出るということであれば、生産量を増やすべきだったろう。

 

仮に転売屋の行為が生産量が増えてくるまでの一瞬のことであれば問題にすることもない。メルカリに対応を求めるようなことをする必要もない。少し待てば入手できる商品について、早く入手することい価値を見出していた消費者が購入したにすぎないからだ。

今回の件は、Sonyに限らず、ヒット商品を持っているメーカーは直面することがあるのではないか。自分たちの売り上げや利益を最大化するという前提で建てられた戦略であったのか・・・自分たちの商品を市場で評価された正当な価格水準で提供する・・・そこができているのかという点を考えさせられる今回のプレステ5の転売騒ぎであった。

消費者の立場からすれば、高すぎると思うならばもっと自分で稼げるようにならないといけないということだ。そのためには何をすべきかを考えるところから始める必要がある。

政治の役割も考え直すべきではないか。

長々と書いたが、今回のこの2件をビジネスを成長させる、ひいては国の経済成長を実現させるという文脈で見ると、こういうことをやっているから日本は失われた20年とか30年とかから抜け出せないのだと思わずにはいられない。

 

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*1:だから公取総務省は絶えず市場を監視し、あるいは窓口を設け、そういう状況を把握できるようにしている

*2:これまでもやられてきたが、今回も対象になっている部分もある。

*3:単にマーケティングの失敗だったのか?あるいはもっと深い考えがあったのだろうか。