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Quality Economic Analyses Produces Winning Markets

岩井克人・前田裕之著『経済学の宇宙ー経済を考え抜いた格闘の奇跡ー』:自分の仕事とは、「研究」とは何か・・・を考えさせられた一冊

読み始めてから読了までだいぶ時間がかかってしまった*1。あとがきまで含めると478ページある。最近の書籍としては厚い。

 

岩井先生の学者としての足跡を本人がその時々の周辺の出来事と合わせて書き記した内容だ。 大学院から現在までおよそ半世紀にわたるその学者としての取り組みについて書かれており、非常に読み応えのある内容だった。

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本書はまえがき、あとがきを除き、以下の通り全8章で構成されている。

  • 第一章 生い立ちー「図鑑」から経済学へ
  • 第二章 MIT留学ー学者人生における早すぎた「頂点」
  • 第三章 エール大学ー「不均衡動学」を書く
  • 第四章 帰国ー「シュンペーター経済動学」から「資本主義論」へ
  • 第五章 日本語で考えるー「ヴェニスの商人資本論」から「貨幣論」へ
  • 第六章 再び米国へー「日本経済論」から「法人論」へ
  • 第七章 東京とシエナの間でー「会社統治」論から「信任」論へ
  • 第八章 残された時間ー「経済学史」講義からアリストテレスを経て「言語・法・貨幣」論に

本書を読み終えた今、なぜか学生の時、犬田先生から言われた「学問は一生のものだから」*2という言葉が自分の頭の中を駆け巡った。

 

岩井先生ご自身の問題意識に沿って、その時々の課題を突き詰めていく、その結果、不均衡動学から言語・法・貨幣という研究課題へ行き着く*3という一見ありえないと思えるこの研究テーマの変遷が明らかになっており、その時々のテーマについていかに格闘してきたかが書かれている。

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自分が岩井先生の名前を知ったのは、岩波書店からモダン・エコノミックスシリーズの一冊として出版されていた「不均衡動学の理論」を知った時で、すでに就職していたであろうか・・・。

モダン・エコノミックス 20 不均衡動学の理論 (岩波オンデマンドブックス)

モダン・エコノミックス 20 不均衡動学の理論 (岩波オンデマンドブックス)

  • 作者:岩井 克人
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 2016/01/13
  • メディア: オンデマンド (ペーパーバック)
 

それと前後して読んだのが、「ヴィニスの商人の資本論」だった。不均衡動学は、自分には難しすぎてお手上げですぐに積読資産になってしまったが、ヴェニスの商人資本論は読んで、こういう解釈もあるのかと目から鱗の読後感だったことを今も覚えている。

ヴェニスの商人の資本論 (ちくま学芸文庫)

ヴェニスの商人の資本論 (ちくま学芸文庫)

 

今回、この「経済学の宇宙」を読んでみて、改めて「研究」とは程遠いところにいる自分を明確に認識することになる。具体的には、本書の380ページから381ページにかけて書いてある「信任論」に取り組むにあたって過去の文献を網羅的に調べなければならない件のところが該当箇所なのだが、こういう仕事の仕方は今、ほとんどありえない。おそらく無駄と言われてしまうかもしれないなあと思いながら読み進んだ*4

経済学の宇宙

経済学の宇宙

 

それから現状の研究に直接刺激を与えてくれた点としては、現在という時代が「産業資本主義の時代からポスト産業資本主義」の時代への過渡期ということだ。そして日本経済は、産業資本主義に適応しすぎたがために、ポスト産業資本主義の時代には、それに適応するために苦労しなければならないというところだ。

 

この記述は自分の中で「ポスト産業資本主義=デジタル経済(知識やデータの時代)」と結び付けられるが、本当にそれで良いのか?という思いと、仮にそれで良いとすると、日本経済は今後どうしなければならないのかなどと考えが進むことになった。

機械による差異化と農村人口の存在が付加価値をもたらした時代から、知識やデータによる差異化とグローバル経済が付加価値をもたらす時代へ移りつつあるという認識と、グローバル経済後がどうなるのかという問い。現状認識としては、我々のデジタル化された情報をほぼ無料で利用したGAFAによる一人勝ち(独占レントの発生)からの脱却として、知識やデータを投入要素として明確に位置付けるとともに、無料で利用されてきた状況から市場メカニズムへの内部化をいかに進めるかという政策課題としての認識・・・どうなのだろうか?

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本書の内容に戻ると、岩井先生の関心は、貨幣論、日本経済論や法人論そして信任論へと移っていく、それらは独立しているわけではなく、思考してきた結果として必然的に次の研究テーマとして出てきていることが書かれている。そして、それは経済学史*5への思索へと続き、現在では、人間科学と市民社会論の追求となり現在の研究テーマとして結ばれている。

自分にとっては研究とは何か・・・を再度考えさせてくれる内容であった。本書の書名が「経済学の宇宙」というのも読み終えるとなるほどと思う。そしてある意味、このタイミングで本書を読めたというのは自分にとって幸運であったと思う。

 

*1:本書の前に読了したのが、ティムクックの本で、10月下旬のことだった。それから読み始めたとすると、自分の知識が薄く読むのに苦痛?だった、あるいは苦労?した部分もあったこともあり、2ヶ月ちょいかかったことになる。

*2:過去の記事を見ると、「研究は一生のものだから」と言われたと書いてある。「学問」だったのか、「研究」だったのか・・・。

*3:元々は、最適成長論から研究生活を始めており、経済成長を一生の研究テーマとして突き詰めていくことが多いと思うのだが、そうではなかった。

*4:今は時間軸でしか商売していない。まだ人が知りえていない新しい事象をわかりやすくまとめて知らせるという軸だ。無から有を生み出すような知的作業は皆無だ。だから「研究」機関としての危機意識が同時に沸き起こってきたのだが、ここを理解できる人間は自分の周りにどれだけいるか・・・残された時間でどうするか?端的に言って仕舞えば、何のために我々は存在するのかという例の問いかけになる。今のままでいいのか?今の状況(今をそもそも危機と感じているかというところがポイントになるが)を脱するために何をすべきか?割り切って、今の内容で良いとする判断もあるが、それでは状況は改善しなし、存在理由としては弱すぎると自分は思う。

*5:経済学史については、「社会科学とは何か」や「物の見方考え方」についての社会哲学としての書籍として読めるのではないか。是非書籍にまとめて欲しいと思った。