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日本橋濱町Weblog(日々酔亭)

Quality Economic Analyses Produces Winning Markets

岐路に立たされるシンクタンク:どのような将来を描けばいいのか?

ICT社会の経済分析 仕事からの教え

シンクタンク業界は激変期】

ネットの発達・普及によって情報の稀少性がなくなりつつある今、シンクタンクは知の巨頭・・・アカデミズムの世界とWeb2.0後の情報武装したユーザ(マス、法人)によりその市場を侵食されつつある。生き残る道は、アカデミズムとの競争の世界か早さと安さを競う世界のどちらかでしかない。第3の道はあるのだろうか。

変わっていないようで変わっている日常】

情報社会とか知識社会などと言われて久しい(・・・という書き出しも何度となくしてきた)。そして身の回りを見回してみると、確かにICT機器やそれを利用したサービスが溢れている。

80年代までは情報通信といっても、日々の生活ではマスメディア4媒体(新聞、雑誌、テレビ、ラジオ)が中心だった。パーソナル・コミュニケーションでの利用となると、電話・電報、郵便ぐらいだろうか。企業の中でもコンピュータはまだまだ利用する人は限られていた時期だ。



それが90年代半ばになるとケータイとパソコンが急速に普及し、そのような状況は一変する。ネットワークがIP化され、ブラウザを介して情報の交流が一気に進むようになった。この動きは現在も続いており、インターネットやパソコン・携帯電話の普及の後、スマートフォンタブレット端末が続いている。

【知の世界に何が起こったか?】

このような個人を中心とするICT機器・サービスの普及で何が起こったかと言えば・・・これにより個人はマスメディアとは別の手段、しかも複数のルートで世の中の動きを知ることができるようになった。また個人がマス媒体と同じように世の中に向かって自ら情報を発信できるようになった。

この他にも、官庁にしろ企業にしろネットを通した情報の開示・提供に対応するようになった、情報発信だけでなくビジネスへの利用も盛んである、結果、玉石混交入り混じった情報がネット上で共有されるようになった。つまり情報産業、特にコンテンツの世界ではプロシューマー化が進み、情報の価値は変化し、稀少性が変わった。

現在では広大に広がった情報の海から誰でも自分の必要な情報を検索システムで収集し、利用することが可能になった。つまり佐々木俊尚氏がその著書『3時間で「専門家」になる私の方法』で述べているように、「その分野の表層を3時間という短い時間で舐めて、その分野がどのような状況になっているのかを認識し、その分野を取り扱う仕事・学習をするための土台を作る」ことが可能になったということだ・・・たった3時間でだ。

【変わるシンクタンクの役割】

3時間で表層を理解できてしまうのだから、3日もあればそれなりの情報を収集と分析できるようになるだろう。昔は調査会社やシンクタンクがコツコツ収集していた情報がその道の専門家でなくても3日もかけずにできてしまう。そのような状況の変化を通して、調査会社・シンクタンクへの仕事は、深い分析より早さと安さを求めるようになりつつある。

必要とされるのは程よい情報を安く即座に集められる組織・・・そのようなニーズを満たすため、新興のWeb調査会社などが出てきている。またネットそのものにシンクタンクの活躍の場は奪われていく(否、すでに奪われ始めている)。

一方、新たなライバルとして最近の大学も大学外から仕事を取るという流れが出てきている。今は目立たないが、恐らくシンクタンク側の人間から見ると近い将来自らの事業領域への新規参入と映るようになるだろう(今までは協力者、アドバイザーというような認識が強いのではないか)。分析の専門性を重視したような調査プロジェクトはアカデミアの世界が担当するようになる可能性が高い。

つまりシンクタンクが担ってきた事業領域の大部分はネットの発達により買いたたかれ、早さと安さに対応できるものだけが残っていく。一方、より専門性の高い事業領域は、アカデミアの世界との競争になり、アカデミアの水準にあるシンクタンクだけがその領域で生き残れることになる。

科学技術のR&D活動における中央研究所が時代の変化とともに終焉を迎えたように、既存のシンクタンクも本格的なネットの時代の到来において新しい何かへ向けて変化することを市場から求められている。

【次の時代の稀少性はどこからもたらされるか?】

今の世の中を見ていると、専門性を追求する面とそうではない面が知識社会にあるのではないか、高度知識社会と大衆知識社会というように2つの知識社会が構造化され、今まで以上に分離していく可能性が高いように見える。よってシンクタンクのビジネスとしてはそこを橋渡しする役割がひとつ考えられる。また視点を変えて、情報や知識の時代における情報小売業として自らのビジネスを再定義し、世の中にあるいろいろな情報を商品化することをビジネスにするというのはどうだろう。

知識社会の橋渡し役になるのも、情報小売業でビジネスを切り開くのも、そこでは編集という作業で付加価値をつけることになるだろう。編集をすることによって、大衆が3時間程度ではできない情報や知識をユーザにあったレベルに生産(編集)し、その点で稀少性を付与するということが今後のビジネスの一つの形ではないか。情報の商品化も世の中やネット上に散らばっている情報を編集することによって稀少性が生まれる。

このように考えれば、これからの時代もシンクタンクは必要とされそうである。要は自分たちのビジネスをどのように発展させていくのか?という視点から、編集をキーワードに3C・SWOT分析とそこから導き出される戦略をPDCAのプロセスとともに実践していくということだろう。

さて自分たちのビジネスを編集だと位置づけるならば、編集というものを一度じっくり考えてみる必要があるのではないか。それには松岡さんの著作が参考になると思う。またビジネス化するためには市場で売れなければならない。情報の売買はモノとは違って形が見えないだけに、今までと同じような価格形成の考えたでは駄目かも知れない(ということはよく言われることである)。そういう点で梅棹さんの著作は今こそもう一度読んでそこで書かれていることを吟味すべきだろう。

4122033985 情報の文明学 (中公文庫)
梅棹 忠夫
中央公論新社  1999-04


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4022613254 知の編集工学 (朝日文庫)
松岡 正剛
朝日新聞社  2001-02


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