日本橋濱町Weblog(日々酔亭)

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ラジオから流れる拓郎の声・・・これが本当の聞き納めになるのだろうか。

最近はすっかりご無沙汰していた吉田拓郎

餃子ランナーさんのブログ記事で、彼の最後のラジオ放送があったことを知った。

ichizo.hatenablog.com

終わった後だったので、当然、リアルでは聞けなかったが、Radikoのタイムフリーで聴けた。

This seat, in my secret base, is where I heard Takuro's last radio broadcast!

この席、僕の秘密基地で、拓郎の最後のラジオ放送を聞いたのだ

拓郎の声はいつもの声だった。テレビの最後、ラブラブ愛してるを見た時はちょっとキレがないなと思いながら見ていたが、今回は自分がオールナイトニッポンで聞いていた頃(1980年代の放送ね)の拓郎の声とほとんど変わらなかった。

出てくる話も今回初めて聞く話から、昔、聞いたことがあった話、噂話レベルで知っていた話と色々ありすごく楽しい放送だった。

その前に、拓郎ファンとして、オールナイトニッポンGOLDに拓郎がパーソナリティとして出ていたことさえ知らなかったというのはいかがなものか。

何しろ、2度目の引退(一度目は確かFor Lifeレコードの社長に就任した時)の嬬恋1985ではその場で一晩つき合ったのだった。あの時の数々の歌は今でも耳に残っている。その前の年の武道館での人間なんても聞いたし、学生時代、拓郎のレコードは中古レコード店でほとんど買い漁った。

少なくとも2回、引退に付き合ってきた一ファンとしては、またフラッと復活するのではないかとか考えたりしなくもないが、流石に年齢を考えると以前のような復活はないかと思ってちょっとしんみりしながら聞いていた。

やさしい悪魔、水無し川って拓郎にとってそんな名曲だったのかとか、やはり自分の歌しか聞かないのだがなとか、中島みゆきが・・・ミニスカートwとか、拓郎のことを誰も「さん」付けで呼んでくれないとか、瀬尾ちゃんはコンサートでのアレンジが良かったとか、スリーフィンガーは石川さんに習ったとか、加藤和彦の存在ってやはりデカかったんだなとか。やはり基本は反体制だったんだなとか、原宿のきっかけは拓郎たちで、やはりペニーレインだったのかとか、六本木と体制派の連中とか・・・う〜ん、いろいろ思い出される。

この放送の細かいことは忘れるだろうけど、今回の拓郎の声は一生忘れんだろうなと思いながら最後の拓郎の声を聞いたのでした。ラストの一曲は、今夜も君をこの胸に・・・だった。

拓郎!たくろう!歌え!って叫んでいた頃が懐かしい。

お疲れさまでした。

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