何年か前からそういう新しいアプローチがあることは知っていた・・・行動経済学。本書はこの新しいアプローチについてそれを大きく進展させた2人の心理学者に焦点をあてた物語だ。
なぜこの本を今回読むことになったかと言えば、最初は仕事の必要から行動経済学について調べなければならなくなり、その際、専門書から入るのは辛いと思ってこちらの行動経済学誕生物語と言える本を購入した次第。
最初は心理学や脳の働きの研究史のように読めたが、2人の主人公(カーネマンとトヴェルスキー)が徐々に意思決定における脳の働きの不思議な点について解明していく点に興味が湧き、医学の世界で医者の見立ての危うさを証明する話になり、最後、経済学の前提を反証するような実験結果を導き出す話になる。カーネマンのノーベル経済学賞受賞までを描き、行動経済学がはっきりと姿を表すまでを書き綴った物語だ。
序章と終章、その間に12章で構成され、心理学者2人の物語となっている。章立ては以下の通り。
- 序章 見落とされていた物語
- 第1章 専門家はなぜ判断を誤るのか
- 第2章 ダニエル・カーネマンは信用しない
- 第3章 エイモス・トヴェルスキーは発見する
- 第4章 無意識の世界を可視化する
- 第5章 直感は間違える
- 第6章 脳は記憶に騙される
- 第7章 人はストーリーを求める
- 第8章 まず医療の現場が注目した
- 第9章 そして経済学も
- 第10章 説明のしかたで選択は変わる
- 第11章 終わりの始まり
- 第12章 最後の共同研究
- 終章 そして行動経済学は生まれた
以上の章立てだ。終章で「行動経済学は生まれた」としているのは、ノーベル経済学賞を受賞することで、経済学の分析手法として市民権を認められたということを示している。
本書を読んでいると、イスラエルという国に生まれた2人だからこその関心事から研究をすすめ、それを発展させ、それが医療の現場の実態や経済学の理論の前提と実際の乖離を明らかにすることになる過程が書かれていて、非常に興味深い。そういうものの見方は医療や経済学に限らず、普段の自分たちの言動や意思決定にふんだんに現れることに気付かされる。
The Undoing Project: A Friendship That Changed Our Minds (English Edition)
- 作者:Michael Lewis
- 出版社/メーカー: W. W. Norton & Company
- 発売日: 2016/12/06
- メディア: Kindle版
さらに、カーネマンやトヴェルスキーらが明らかにした人間の認知や脳の機能に対する新しい認識は、EBPM(Evidence-based Policymaking)が要請されることになる背景の一部を形成しているのかとも思った。
人間の意思決定には偏りがあり、必ずしもベストな意思決定にはなっていないということ。それを補正するには客観的なデータによる状況の把握が必要であること、だから政策形成においてEBPMが必要とされるようになったのではないかと。実際はそんな単純なものではないらしい*1が・・・。
また自分が経済学を学び始めたころ違和感を覚えた、合理的経済人の前提やプロとしての医者や政策決定過程での人間の意思決定が最良のものでは必ずしもない点など、誤診がでたり、経済理論通りに政策の結果が出ない現実の背景の一面を見せられているようでもあり、昔、頭の中でもやもやしていたものが晴れた部分もある。
70年代から2002年のノーベル賞受賞までの2人の研究者の研究生活が描かれており、それ自身も興味深い内容だ。本書を読んでいくと、行動経済学に対する興味が湧いてくるのはもちろんだが、イスラエルに生まれ、そして育ち、そこで研究生活を送った彼らだからこういうアプローチが生まれたのだろうと考えずにはいられない。現実の問題点を明らかにする、そしてその問題点を改善する・・・それは自分らの命を守ることに直結していた。そういう状況にあった彼らの必死さがこの分析手法が形成される過程で大きく影響していたのではないかと感じた。
彼らの貢献は、現在の行動経済学ではその一部分になっている。学問の分野の進歩は年々早くなっていることを感じずにはいられない。折角なので、次は下記の本を読んで行動経済学にさらに踏み込もうと思う。
2020年2冊目読了。
*1:例えば、津田 広和、岡崎 康平「米国における Evidence-based Policymaking(EBPM)の動向」(RIETI Policy Discussion Paper Series 18-P-016、2018年11月)を参照。