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柴田晢孝著『下山事件 暗殺者たちの夏』祥伝社(2015年)読了

下山事件 暗殺者たちの夏

下山事件 暗殺者たちの夏

表紙の次、目次の前のページにこういう一文が載っている。

 この物語は、フィクションである。
 だが登場する人物、団体、地名はできる限り実名を用い、物語に関連する挿話もすべて事実に基づいている。その他、匿名の人物、団体、創作の部分に関しても、実在のモデルや事例が存在する。
 それでもあえて、この物語はフィクションである。
ー著者

ノンフィクションで書ききれなかった部分をフィクションとして書き、それは限りなく真実に近いと著者は考えているが、それでもフィクションであるという一文。なぜこの一文をここに入れたのか・・・著者の思いやいかに。
戦後の混乱期から立ち直りつつあった日本という国で起こった一つの事件。
戦後70年の夏に出版されるというのも、そういう意図があったのだろうが、読者としては何かを考えてしまう。
自分の読後感は、シンプルだった。よくわからなかったところが繋がった・・・そして怖いと思った。企業という生き物は自分が生き永らえるためには人を消すのも簡単なことなのだ、それが例え政府の高官といえども、ということを改めて思わされた。

  • 第1章 再開

物語は、終戦直後の東京の描写から始まる。
亜細亜産業というのちにこの事件を首謀した企業の仲間が少しずつ国内に戻り、事件を起こすメンバーが揃うまでの描写だ。企業の生命力はたくましい・・・戦前戦中は軍部からの仕事で商売をしていた企業が戦後は占領軍と仕事をする。そして占領軍もそういう企業をうまく利用する。今の我々から見るとなんとも混乱期が成せることかとも思うが、暗躍する企業はどんな時代でもいるもので、強かに獲物を捕まえていく。

  • 第2章 謀略

事件に至るまでの複雑に入り組んだ当時の利害関係が描写されていく・・・GHQ、日本政府、国鉄、民間企業、さらにはGHQ内の権力争い、民主化、経済復興、国鉄の人員整理、取引上の不正などなどこれらステークホルダーの思いが複雑に絡み合っているのがよく分かる。一筋縄ではいかない、単純な推理では整理しきれない、その複雑さ・・・こういう「事実」を突きつけられると未知の部分を予測することがいかに難しいかがよく分かる。そして未知の部分を明らかにするのはやはり丹念な事実の積み重ねとそれらをつなぎ合わせる事実の積み重ねに比べれば少しだけの想像力なのだろうと思う。
後に起こる事件は、ある企業が自社の不正をもみ消すためにやったことが明らかになるが、その前にどうにかなるチャンスはいくつかあったが、しかしことごとくタイミングを逸した。どこかで誰かに情報を共有できていたら、相談できていたら、命を奪われなくて済んだかもしれないし、少なくとも今日まで謎のまま終わらなかっただろうと考えてしまう*1

  • 第3章 事件

そして事件は発生する。
三越で姿が分からなくなるまでの車の不可解な移動の背景、三越になんで出向いたのか、なぜこの事件に巻き込まれたのかなど、わからなかった部分を明らかにしながら物語は進んで行く(下山総裁は身近でいろいろ異変に感づいていたのではなかろうか)。そして完全犯罪は綿密の練られたものであることが描写されていくが、そのような中でもいくつかミスや予定外のことが起こったりする。それでも計画は勧められ、行方不明からの計画の実行が綿密に描写されていく。これまで謎とされた多くの部分が繋がっていくのは読んでいてなんとも不思議であった。

  • 第4章 捜査

この事件を分からなくしたのは、捜査側のステークホルダーの錯綜とした関係にもその原因はある。警視庁捜査一課、二課、法医学会、検察と警察、そしてそこに政治家などが介入する。証拠を並べたてれば、他殺であることは明らかなのは当時もそうだったのではないか。それを自殺に無理やり持って行ってしまう*2。そして事件はうやむやのうちに幕引きされて、闇に葬られてしまう。

  • 終 章 迷宮

最後、迷宮入りになってしまうまでの捜査側の様子が描写されているが、おそらくこの部分が未だに「なぜ?」という部分が一番多く残っているのではないだろうか。なぜあの書類が米国から出てくるのか、どうやって盗まれたのか、吉田首相のあの言葉は何を意味したものなのかなどなど不可解な点が多く語られているのが最終章であると思う。
事件が発生したのは、一企業の動機が一番強く、その企業が当時の情況を利用してアリバイを考え、一方、周りの関係者はそれを自分らに都合のいいように利用しようとした・・・それが事態を複雑化させた。さらに政治的な圧力が警察にかかることで事件は真実を暴くことなく幕を引かれた。
こうやって読み終えると、この事件が敗戦後の混乱期からの立ち直り時期という特殊なタイミングに起こった事件であったという印象が薄らぎ、どの時代でもいつでも起こっておかしくない事件であったのだということに思い至る・・・恐ろしい話だ。
こちらはkindle*3

*1:下山総裁の無念さを思わずにはいられない

*2:今の憲法の議論も同じようなものを感じてしまうのは私だけだろうか。

*3:最近は数ヶ月後にkindle版が出るようになってきた。やはり場所をとらない、どこでもすぐに読めるというのは魅力的だと思う。電子版なのだから、紙、印刷、製本、運送などの費用がかからないわけでもう少し安くなってくれてもいいなと思う。