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日本橋濱町Weblog(日々酔亭)

Quality Economic Analyses Produces Winning Markets

楽しくなければ研究じゃない!研究は楽しくやろう!

元旦の投稿では、「研究は、少しでもこのブログに記事を書けるように」と書き、その脚注で・・・

今年は、リスタート。最近、あまり活発でないように見えるICT産業に関する経済分析を自分なりに考えていきたいと思います。取り急ぎはマーケットデザイン、特にICT産業のある側面をマッチング理論を使って考えること。例えば、MVNO市場とか、光卸売サービスが導入されたブロードバンド市場とか。その他、加入電話というレガシーサービスの廃止とユニバーサルサービス、ICT産業、特に上位レイヤサービスにおける競争政策などなど。どの程度できるでしょうか。初心に戻って考えます。

・・・と書いた。これは研究の書きこみ先(発表先)やテーマについてだった。さて、それを実行するにあたっては、研究なんだから楽しくやらなければねえ・・・ということで以下のとおり。

2016年の目標:研究は楽しくやろう!

この世界に生きている人間には、小さい頃から色々なことを調べたり知ったりすることが好きだったり、社会人になって仕事とはいえ、調べものをしてみて、いろいろなことを知ったり、その背景にある仕組みを理解することが好きな自分に気づいたという人が多いと思う。そういう時って何やってても楽しいもんだ。

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だからというわけでもないだろうが、それがそのまま職業になってしまった我々だから、だいたいの場合は仕事で残業になっても苦にならない*1。自分の好きなことをやって給料もらえて、生活ができるってこと自体が恵まれているし、難しい課題はそれはそれでやりがいがあるだろう。また24時間、四六時中いつでも考えている自分がいたりする・・・それも苦痛じゃない。好奇心とそれを深く知ることの楽しみと・・・それが行動の源泉になっている*2

その時の感覚を最近とんと感じることがなかった・・・そもそもここ10年近くほとんど研究なんてしてなかったことや自分の立場が変わってしまったことが大きいが、組織としてもそういうことを分かっていない人々が多くなっていることが輪をかけて影響していると思う。

そのような状況、立場ではあるが、今年はもう一度研究をする、それも楽しく研究するというところにこだわっていきたいと思う。

研究についての教え

思い出したので書いておくと、研究は一生のものだからという言葉を恩師から以前もらった。研究は、事実の観察、モデル化(理論化)、モデルによる予測*3、予測と事実の比較(課題の把握)、再モデル化、モデルによる予測という具合に果てしなく続くものだ。嫌が応にも一生のものになる。

またかつての同僚のTくんからは研究は仕事たりえるか、仕事は研究たり得るかという問いも聞かされた。これは今だからこそ再度問われる必要のある問いなのだと思う。その前に研究とは何か?なんてことが問いとして建てられるかもしれない・・・現状では。

どちらもありがたい言葉として自分の中で常に問い続ける言葉となっている。

また最近問われているのが、アカデミズムとジャーナリズム(あるいはマスコミ?)の違いは何か?という点ではないだろうか。インターネットがこれだけ発達し、仕事に入り込んでいる現在、これが今、我々に突き付けられている課題だと思う。混沌とした世の中、ネット上の情報を収集し、それを分かりやすいように整理し、まとめることが我々の仕事なのか?そこは始まりでそこから何を見つけ出すか、社会の課題や問題に対しいち早く指摘し、その解決策を提示する・・・そこで問われるのが本来の我々の仕事なのだろうと思う。

最後に、去年知った言葉として、不易流行という言葉も大切にしたい言葉だ。世の中の変化が激しい今日、流行に流されない本質的な部分を大切にしながら、世の中の最先端で分析と提言を行う・・・これをしっかり行うことが求められている、これができないと世の中からは必要とされないのだと思う。

こういう本を読んでみるのもいいかも。実はまだ読んでいない。

HARD THINGS 答えがない難問と困難にきみはどう立ち向かうか

HARD THINGS 答えがない難問と困難にきみはどう立ち向かうか

 

 こっちも。

ハード・アカデミズムの時代

ハード・アカデミズムの時代

 

一番の課題:自分をコントロールできていない

この年末年始の休みでいろいろ考えた(つもり)・・・いろいろな人の書いていることを読んでみた(つもり)・・・その中で自分の今の足らない部分に気づかされる記事を読んだ。足らないものは、セルフコントロール・・・自分を制御できていない自分、それを認識させられて愕然としている自分。アホ。

走ることにしろ、研究にしろ、食べることにしろ、仕事にしろ、セフルコントロールが全くできていなかったようだ。この点を1年間意識していこうと思う・・・セルフコントロールを大切に。

*1:自分の立場を考えれば、こういうことは勘違いされるので、軽々しく書くものではないが、多かれ少なかれこういう感覚は持っているのではないかと思う。

*2:こういう感覚は自分で研究して苦しみ抜いて結果を出した経験がないとなかなか分からないものだ。ところが最近の自分にはこういう感覚がなくなっていた。だから今、苦しんでいる。

*3:この場合の予測は単なる将来を見通すという意味よりも広い意味で使っていることに注意。例えば、ある施策の効果分析となども含むもの。現実の説明ができれば、そのモデルで戦略変数を動かし、戦略も効果を測定できる。それが時間軸に沿ってどうなるかを見たものが狭い意味(日頃よく使われる意味)での予測ということになる。