本書は日本の電子産業がなぜ凋落したかについてデータと著者の長年の経験に基づきその原因を描き出したものである。現在の半導体産業など電子産業の衰退を1980年代の絶頂だったころ予測しえた人はまずいなかったであろう。そしてこの凋落については、長い間、いろいろな本で視点を変えて論じられてきた。このように論じられてきた背景には、バブル崩壊以後その苦境から脱出できない日本経済が投影されているように思える。
本書はデータを用いながら、日本の電子産業について客観的に戦後から現在を整理し、産業進化のダイナミズムを抉り出すと同時に、日本の電子産業にそれがなぜできなかったのかを時間軸の中で述べていく。そのポイントは最終章に書かれている電子産業に加わった4つの圧力ということになるのであろう。引用しておくと以下の通りだ。
- 半導体集積回路ムーアの法則による価格低下圧力(価格圧力)をもたらす
- プログラム内蔵方式は、付加価値の源泉をソフトウェアに移す(ソフトウェア圧力)
- プログラム内蔵方式では処理の対象も手続きもデジタル化される(デジタル化圧力)
- インターネットは、企業間取引コストを下げ、分業を促進する(ネット圧力)
これらの圧力をうまく受け止めたあるいは利用した企業がICT産業で現在先頭に立っている企業群だ。有名どころでは、Appleであり、Googleであり、Amazonであり、Facebook、サムスン・・・また一般にあまり有名ではないかもしれないが台湾のTSMCも入ってくる。最近では中国の鴻海精密工業も注目を集めている。
日本の電子産業がこれらの企業に後れを取ったのは、米国の対日戦略(世界の冷戦構造)の変化とか、閉鎖的な国内市場、垂直統合ビジネスから脱皮できなかったなどなどの要因も上げらえている。改めてこのように整理して見せてくれるとなるほどと思う反面、なぜだったのか?というのがやはり頭の中をぐるぐる回る。これらのことは電子産業だけではなく、その広がりであるICT産業全体でも同じことが起こっているのではないかとということ頭をかすめる。
- 作者: 西村吉雄
- 出版社/メーカー: 日経BP社
- 発売日: 2014/07/10
- メディア: 単行本
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- まえがき
- 第1章 大きな産業が日本から消えようとしている
- 第2章 分かっていたはずの「地デジ特需」終了
- 第3章 100年ぶりの通信自由化がもたらしたもの
- 第4章 鎖国の時は栄、開国したら衰退
- 第5章 「安すぎる」と非難され、やがて「高すぎて」売れなくなる
- 第6章 日本の半導体産業、分業を嫌い続けた果てに衰退
- 第7章 アップルにも鴻海にもなれなかった日本メーカー
- 第8章 イノベーションと研究を混同した日本電子産業
- 第9章 成功体験から抜け出せるか
- 【付録A】プログラム内蔵方式
- 【付録B】半導体
- 【付録C】パケット交換
- 引用・参考文献
- あとがき
全体をじっくり読んでみることをお勧めするが、まず8章、9章の部分から読んで、それから第1章に戻って読むとより理解が深まるのではないかと思う。
一つ注意した方がいいのは、特に通信自由化など通信産業の記述で目についたのだが、歴史的な前後関係に正確さを書けているところがあるということだ。例えば以下の部分の記述(P54最初の段落)。
1980年代半ばには、通信分野にも大きな変化があった。米国では1984年に米AT&T(American Telephone & Telegraph)が分割された。日本では1985年に日本電信電話公社(電電公社)が民営化され、関連グループに改組される。いずれも、通信サービス市場への自由競争導入がねらいである。
引用記事の中でイタリックにした部分の記述は、1985年の電電公社の民営化と1999年のNTTの再編を混同していると思われる。実際は、88年、現NTTデータ分離、93年、現NTTドコモ分離とされてきているが、関連グループの改組としてもっとも大きかったのは99年の持株の下にコミュニケーションズ、東日本、西日本に再編したときだろう。「日本では1985年に日本電信電話公社(電電公社)が民営化され、その後、関連グループに改組される。」と一語加えればもう少しましになるのだが、本書には残念ながらこのような記述があいまいないし間違っていると思われる部分が他にもある。そこは注意する必要がある。
そういうあいまいさ、不正確さを差し引いても本書は一読の価値があると思う。