日本橋濱町Weblog(日々酔亭)

Quality Economic Analyses Produces Winning Markets

通信技術の栄枯盛衰:加入電話の場合

2015年11月6日、NTTの第二四半期決算発表が行われた。そこでは決算発表に加えて、固定電話の今後についてその考えが発表された。端的に言ってしまえば、加入電話ISDNサービスを2025年ごろを目標に順次IP電話に置き換えていくという内容だ。

加入電話ISDNは、通信サービスの中でもユニバーサルサービスに指定されており、インターネット接続サービスなどとはその位置付けが異なる。

ここでは加入電話ISDNマイグレーションユニバーサルサービスの今後を考えるにあたって、まずは加入電話の普及の歴史を見てみよう。

加入電話の普及と衰退

加入電話は明治初期に開始され、100年以上にわたって生活面、ビジネス面で重要なコミュニケーションツールであった。グラフを見てもらえれば明らかな通り、それは1990年代半ばに6000万を超える加入規模にまで膨れ上がり、絶頂を迎えたが、その後、携帯電話や光ファイバーによるインターネット接続サービスが出てくることによって急速に衰退している。

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もう少し細かく見てみると以下のような幾つかの普及衰退期に分けてみることができるだろう。

普及と衰退:技術の衰退は突然に

上記のグラフに幾つかの普及・拡大期と衰退期を書き込んでみたのものが下記のグラフだ。

  • 需要拡大期
  • 競争効果期
  • 携帯代替期
  • ブロードバンド拡大期
  • 携帯・BB代替期

自分の感覚ではおおよそ上記の5つの時代区分に分けられるであろうか。以下、順番にどんな時代であったかを振り返ってみよう。

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A:需要拡大期

文字通り事務用、住宅用の加入電話が旺盛な加入需要によって加入数を増やしていった時期。第二次大戦後から昭和期においては日本経済の復興、高度成長を通し、その旺盛な加入需要のにどう答えていくが問われた時代であった。この時期は積滞が発生し、その解消が電電公社の経営目標の1つであった。

下記のグラフは積滞数の推移を示したもの。戦後から高度経済成長期を通し、積滞が積み上がり70年代に入り、急速に減少していったことが分かる。

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加入電話はこのようにしてわれわれの仕事に、生活に浸透していき、なくてはならないコミュニケーション手段となった。

B:競争効果期(80年台後半から90年台前半)

この時期は、県間市場(懐かしい言葉だ)を中心に、新電々3社が参入し電話市場に本格的な競争がもたらされた時期。ただし競争にさらされたのは通話市場であり、ここで取り上げている加入市場はほとんど競争にはならなかった*1。それでも民営化直前に成長が鈍化していた加入数の伸びがこの時期再度盛り返しているのはこの通話市場における競争の間接効果があったのではないかと思われる*2

90年代に入ってからは、CATV会社に電話サービスの提供を可能にする規制緩和に踏み切るなど電話市場を活性化するための動きは幾つかあったが、最終的には6000万を超える加入数にまで加入電話は普及した*3

C:携帯電話代替期(90年代後半から2000年)

この時期は、携帯電話の成長率がピークを迎え、年間に1000万契約以上増やした時期でもあった。加入電話が純減になる直前は携帯電話とカニバリゼーションを起こしているのではないかとしきりと言われた時期。当時は、雰囲気として携帯とのカニバリゼーションをなかなか認めたくないという雰囲気があった。

一方、パソコン通信やインターネットの商用化で新たな加入電話需要が出てきた時期でもあった。

結果としては、携帯電話との代替は現在では誰も疑うところではないであろう。

D:ブロードバンド拡大期(2000年から2005年ごろ)

次はブロードバンド拡大期・・・拡大期と書くのは少々あっていないかと思う。実際は減少がADSLサービスの登場で一時的に止まった時期であった。ADSLサービスの登場により加入電話回線はまた使われるようになったわけだが、一方、携帯電話の拡大は進んでおり、従来の音声通話における加入電話はその役割を終えつつあることは誰の目にも明らかであったであろう。

そのADSLによる加入電話回線への新規の需要も次の光ファイバーサービスが提供されることにより、急速に収束することになる。

E:携帯・BB代替期(2000年代後半から現在:主役から脇役へ)

その後、光ファイバーの積極的な展開*4、携帯電話は3GからLTEへ高速化を積極的に行い、加入電話はその加入者数を急速に減らしていくことになる。

その一方で、光電話というインターネット電話の高機能版が現在では光ファイバーサービスの付加サービスとして提供されるようになり、電話サービスと言えば、光電話というのが最近の位置付けだ。主役であった加入電話はその主役の座を降りた後、付加サービスとして引き続き提供されているが、実際、その利用は非常に限定的だ*5

一つの技術・サービスの栄枯盛衰としての加入電話の歴史

ここでは加入数の歴史的な推移を通して、その推移の背景を簡単に示してきたが、この各時代において色々な出来事があったものだ。民営化・競争導入以降、加入電話等電気通信市場で何が起こっていたかは、今年の情報通信白書が詳しい。

ここでの記述はあくまでも個人的な記憶の下書いているのでもしかしたら勘違いもあるかもしれない点はご容赦を。

加入電話の歴史的な変遷を見ることによって、その比較対象としてこれからを考えることもできる。

例えば電話の時代と現在のインターネット・携帯電話の時代ではその通信サービスは大きく変わったのだということはわかるのだが、何が大きく変わったのかというところではまだ曖昧な感じでよく分からない。感覚的に言えば、加入電話が内向きだったのに対し、携帯電話、インターネット、特にインターネットは外向きなのだろうということかと思う。だから、現状で皆が社会実装とか、利活用ということをしきりと言っている。実際、通信サービスはそれ自体がサービスの一部分、パーツとなって提供されるようになってきているし、その流れに乗って進めたのが光コラボレーションサービスなのだろうと思う。

これからこの加入電話マイグレーションされることになる。その時、ユニバーサルサービスをどうするのかを考えなければいけないわけだが、それについては別途考えてみよう。

*1:この時期加入市場への参入は、電力系と言われたTTNetなどごく一部の事業者にとどまった

*2:例えば、競争による通話料金の値下げは利用の負担減になったであろう。それで加入していなかった潜在ユーザ層が掘り起こされたなど。

*3:今振り返ってみると、この時期、加入電話の需要予測などしていたが、なぜ成長率が上向いたのかを分析したことはなかった。当時はこれが当たり前だと思っていたからだろうか。謎だ。

*4:この頃NTTは中期経営戦略で3000万加入を目指すという目標を掲げた。

*5:我が家は光電話になっているが、正直、我が家ではほとんどこちらからかけないし、かかってくることも月に数度あるかないかという程度だ。ではなぜ解約しないのかというとそれは長年あるのが当然だったものを無くすことへの心理的抵抗と勤め先が通信会社だという心理的抵抗の2つの抵抗による。こう言う世代がいなくなったら、加入電話(光電話)はあっという間に契約されなくなる可能性が高いと感じる。